ななじ 眺(ななじ ながむ)
コイバナ!―恋せよ花火―( こいせよはなび)
第01巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
男の子が大の苦手な丸井花火。受験に失敗して入った高校は、なんと男7対女1のほぼ男子校!! 女の子だけに囲まれて、平和に過ごしたかったのに、オレ様オトコの宇野誓に目をつけられて…花火の受難の日々が今始まる!!
簡潔完結感想文
- 男嫌いのヒロインが唯一 目を奪われるヒーロー。地球上に一人だけの運命の相手。
- ヒロインの男性への偏見が酷い。偏見や男嫌い設定が最後まで作品の足を引っ張る。
- 気になりだした途端、相手は自分を構わなくなり、そして彼女がいることが発覚!
少女漫画あるある。「大っ嫌い」と言った相手は大好きになる、の 1巻。
『パフェちっく』が全22巻と大ヒットした作者の次の長編。今回は全10巻ぐらいを狙って、目論見通り10巻で完結した。それでも前作同様、最終盤は主人公カップルに動きが見られないのは作者の悪い癖なのだろうか、と思う部分もあったが、作者らしい切り口で難しい題材に挑んだ作品だった。
私は作者のプロの作家としての覚悟や作品への集中力や工夫が基本的に好きだ。本書でも面白い構図や表現が見られたり、台詞やモノローグが冴えていたりと何度も好きだなぁと思う場面があった。
そして本書では恋愛という ある意味でエゴイスティックな問題に対し、きちんと向かい合っているのが良かった。
というのも本書は誤解を恐れずに言ってしまえば奪略系の お話なのである。彼女がいることを知っても尚、その人が好きでアプローチし続け、自分に振り向かせるというのが基本的な お話の流れ。こういう話が嫌いな人も多いだろうが、自分の希望が誰かを傷つけることを知っても、その人を好きなことを止められないという自分のエゴに向き合うヒロインの姿まで ちゃんと描いていて良かった。どの巻も次はどうなるんだろうという好奇心が尽きなかったし、序盤から登場していた複数人の人物たちがドラマを織り成す展開には奥行きを感じた。
王道三角関係の『パフェちっく』の次に、難しい題材を用意し、それに挑戦しようという作者の決意が感じられて良かった。恋愛成就の喜びと同じぐらい、不快とまではいかないが割り切れない思いが多く描かれている本書は、他の作品に埋もれないぐらいの爪痕を読者に残すと思われる。
本書では恋愛に2つの難関が用意され、もしかしたら少女漫画史上一番、両想いから遠いヒロインが描かれているのではないか。
1つ目は上述の通り、ヒーローに彼女がいること。その彼女よりも自分に興味を持ってもらうためにヒロインが奮闘する、というのは逆境から始まる話では散見される設定であろう。
それに加えて もう1つヒロインの丸井 花火(まるい はなび)は極度の男嫌いだということが加わる。『1巻』では彼女は恋愛のスタートラインにすら立っていない。嫌いなはずの男なのに視線で追ってしまう宇野 誓(うの ちかい)に対しての感情を理解できていない。
主人公が単純な元気系のヒロインなら、どんどんヒーローとコミュニケーションを取る所だが、花火の場合は そもそも男性と視線すら合わせられず会話も及び腰・喧嘩腰になってしまう。そのため彼女は まず自分の男嫌いという問題に向き合わなければならない。異性とは、恋愛とは という大きな問題から手を付けなければならないのだ。
花火が男性を忌避するのは、男性が第2次性徴に突入し、自分の性別=女性とは違うものだと意識し始めたことから始まったと見られる。
彼女は体毛や声変わりなど男性の変化が受け入れられないみたいだが、きっとそれは自分の心の変化に追いついていないからだとも考えられる。汗の匂いに過剰に反応するのは、自分の中で異性を意識するセンサーが発達したからではないのか。
このように花火の男性への嫌悪は、彼女が男性を意識する余りの現象とも言える。作中でも指摘がある通り、例えば花火は中年男性である自分の父親や学校の校長には苦手意識を感じない。そして最初 女性だと思った佐々(ささ)という男子生徒には第一関門を突破しているからか、苦手意識が薄い。そして佐々とは会話が出来るから彼の良い所を知って ますます人として好きになっていく。
要するに花火の「男性」の線引きは、花火が異性として認識するかしないか、という恣意的なものであることが判明する。圧倒的に男子が多い この学校で男子生徒に花火が「オンナ~」と言われるように、花火もまた生物としてメスがオスを認識するように男子生徒を見ているのではないか。
それなのに、花火は当人の責任ではない体毛や体臭、声変わりを嫌悪する。私は この描写は かなり不快だった。そして花火は自分の嫌いなものは声高に言うが、自分に言われるのは我慢ならないという不均衡も気になった。作者も誓以外に花火が男性嫌悪発言をしないように気を付けている節は見られるが、一方的に被害者ぶる花火を好きになれそうもない。
だいたい花火が愛する周囲の女生徒に体毛が無いのは処理しているからだし、良い匂いがするのはシャンプーや香水など本来の匂いを隠す手段があるからだ。だから本来は嫌な性格の誓が、花火のダブルスタンダードを指摘した時は快哉を叫んだ。花火が自分の狭い心に気づいてくれる日は来るのだろうか。
しかし少女漫画として誓だけが まるで体毛も不快な変声期もないような描写が気になる。いわば読者と同じように異性に夢を見る花火が、無味無臭、ヒゲも体毛も生えないかのような誓に恋をすることで、また自然体の男性を嫌悪する悪循環が始まっている気がしてならない。恋をしたら誓の体毛すら愛おしくなるぐらいの変化が見たいものだが。
本書が連載されていた2000年代後半の男性は自然体に生きていたが、この2020年代の脱毛処理&スキンケア、更には化粧をする女性と同じことをする人も登場している。花火は2020年代に高校生になっていたら、そういう女性に近い存在を好きになったのだろうかという興味はある。いや、結局は容姿で選ぶような気もするけど…。
花火だけじゃなく、誓もまた癖のあるキャラクタにしていて、それが面白い部分もあるのだが、同時に共感しきれない部分になっている。それぞれに訳ありなキャラ設定にしてしまい、読者の足掛かりが失われている状態。それでも人気があった(と思われる)のは、最初の逆境が魅力的で、話の運び方も上手いからだと思われる。
本書には追加キャラが ほぼいない。特に学校内は、最初から人数が多く、その人たちだけで話が成立している。
途中から追加した設定は あるにはあるらしいが、基本的には序盤から伏線や設定がしっかりあるので、再読してみると「おっ ここで伏線」とか「本当に こんな仕掛けが!」と思う部分も多かった。
特に花火の友人グループ4人は、4者4様の集まりで、彼女たちの活躍によって中々進展しない物語に話題を提供したり、恋愛だけでなく友人たちの関係にも悩むことで話が立体的になり、高校生たちの生活が浮かび上がる。
本書で自分の描きたい話を、想定の巻数で余すところなく描き上げる、というのも作者の目標だったのかもしれない。
高熱で希望した女子校進学が絶たれ、男子7対女子1の男だらけの高校に通う花火。男性が嫌いで「朝っぱらから汗臭い」「生乾きのニオイ」と辛辣なコメントを心中で発しながら、学校内を進む。だが、その中で1人 シトラスのにおいをさせる男子生徒・誓と出会う(後にガムだということが判明)。
ちなみに花火は初恋ではない。中学時代も好きなコはいて、彼だけは美しいと信じていた。だが彼にも体毛があることを知り、オトコ拒否症になった。自分の信じたいものしか信じない。自然の摂理に反した男性像を押しつける、花火は少女漫画の化身と言えよう。そんな彼女が生身の人間である誓と どう折り合いをつけて接近していくのかが楽しみである。
放課後、花火は学校への近道となる「ステキロード」と命名した道で誓に遭遇。過剰に反応する花火に、誓は恋心だと勘違いし、花火を「ナイ」と一方的に決めつける。誓は自信家で、自分は女性のほとんどを意のままに操れると思っているような節がある。「ナイ」が どうやったら「アリ」に変わっていくのかが見物。
花火は誓に接近されて気を失う。それぐらい「オトコを受けつけないカラダなの」だろう。しかし避けようとしても避けられない運命で、花火は誓の、そして誓は花火の名前をしっかり覚える。
誓のことを男と認識すればするほど、花火は彼を拒絶する。そんな態度を取られたことがない誓は、花火のことを目の敵にする。この辺は、少女漫画によくある、飾らない彼女の魅力が かえってイケメン男性の目に新鮮に映る、という感じか。自分に魅了されない花火が誓にとっては特殊な存在なのだ。花火は自分の男嫌いの特性によって、男を引き寄せたと言える。これが恋愛のテクニックだったら かなり上級者である。自信家の男には素っ気なく、である。
文化祭では誓の方から距離を詰めてくる。だが強引で人の気持ちを考えない誓に対し、「大っ嫌い!!」と少女漫画らしい一言を発する花火。大っ嫌いと言えるほど、誓は花火の感情を乱したと言える。男という集団ではなく、花火が個人的に嫌いになったのは近いが初だろう。
それでも誓は花火へと近づく。彼女の言動から犬好きだと判断し、誓は手作りの犬の木工製品を作り、花火に渡す。
考えてみれば、これは一種のアクセサリーで、少女漫画のアクセサリーは愛の証である。最初に相手の方に振り向いたのは誓かもしれない。誓も、そして花火も無意識で相手のことが気になっていく。
…だが、誓は自分が花火を搔き乱したことに満足。逆に花火は誓が自分に構わないことが気になり、そして誓に彼女がいる場面を目撃し、誓が分からなくなる。最初に花火が無自覚に誓のことを食いつかせたが、結局、釣るか釣られるかの恋の対決は、誓の方が花火を釣ったようである。
花火が文化祭中に女装姿で知り合った佐々。
花火は男子生徒と知らずに気軽に話し、誓によって男性だと知った後は、態度を急変する。そこで自分が性別によって人を判断することを誓に指摘される。
佐々は男とか女とかではなく「人」としての役割が大きい。彼は てっきり当て馬だと思ったのだけど、佐々の役割は良い意味で裏切られる。
佐々は花火にとって男嫌いの処方箋とも言える。彼が前例となり、佐々の人となりを知って自然と会話できたように、誓の内面を知り、彼を好きになることで、花火の男嫌いも克服され、恋愛感情を持つのだろうか。