《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

事前のセットリストと実際のセトリの違いから生まれるドラマ性。全ては作者の計画通り。

覆面系ノイズ 5 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第05巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

ギターボーカルを目指して必死に練習に励むニノ。更なる向上のためハルヨシの提案でメンバー合宿を開催することに!! 一方、ニノへの想いが限界にきつつあるモモは…!? 皆が本当のココロを隠したまま、舞台は邦楽フェス「ロックホライズン」へ!! 激しくて切ない衝撃のライブがいま幕を開ける!!

簡潔完結感想文

  • フェスのシーンは最終回なのかな、と思うほどの盛り上がり。日常回に戻るのが怖いよ。
  • 作曲 ユズ・作詞 仁乃、歌詞に書かれているのはモモのこと、という地獄の曲は回避され…。
  • 「ぼくたちは ほんとのこころを かくしてる」。覆面バンドの新曲『ノイズ』が完成する。

モのギターを弾きながらユズの作曲の歌を仁乃が作詞して歌う 三位一体の 5巻。

いよいよフェス本番。圧巻の演奏シーンも勿論だが、作者の話の組み立て方に圧倒されてしまった。ヒロイン・仁乃(にの)がフェスでも暴走し、セットリスト(曲順)を無視して続けざまに歌を歌うのだが、それによって生まれるドラマ性の一つ一つに感心するばかりだった。1曲1曲にこんなに意味がある音楽漫画も珍しいのではないか。以前も書いたが、この曲を実際に聞けるのなら聞いてみたいと思ったぐらい。そしてアニメ化・映像化した本書の曲は実際に聞くことができるだろう。…が、聞いたら少なからず失望しそうなので止めておく。私が感動しているのは音楽にある背景であって、実際の音ではないと思われる。

この中盤では、ヒロイン・仁乃が新しい武器を次々と手にする無双状態となっており、彼女の成長に爽快感が生まれる。例えば譲られたモモのギターが彼女の武器になるのも その一つ。モモへの断ち切れない未練といったマイナスの感情が付加された楽器だったが、それをモモの感情を揺るがした証拠として捉えることで仁乃は それを弾くことを決意した。
そして『5巻』ではギターを弾きながら歌うことで彼女の武器が増えるだけでなく、彼女は作詞に挑戦することで、自分の歌を より自然に伝える手段を得た。常に新しいことに挑戦して、常に仁乃を新しいステージに立たせている。その前進が、作中に風を感じさせる一因だ。例え恋愛が動いてなくても。
正直、仄めかされるだけで正体のハッキリしないユズとモモの家庭内でのトラウマについてはイライラする部分もあるのだが、本書はバンドそのものの成長が描かれているので停滞感はまるでない。軽音部各人の恋物語も明かされていない部分もあって、まだまだネタには困らなさそう。こういう部分も作者がある程度の連載期間を確保できる人気作家で、最初から 細やかに設定・構成を考えているから成せる業であろう。恋とバンドだけじゃなく、群像劇になっているから語るべき物語は まだまだある。


『5巻』で完成するのが『ノイズ』という新曲。「覆面(系)」バンドの新曲『ノイズ』は書名と大きく関わっている。

この曲は仁乃が初めてバンド・イノハリで作詞をした曲となる。その歌詞の冒頭が「ぼくたちは ほんとのこころを かくしてる」という『1巻』冒頭から何度も繰り返されてきた文章。その意味では この曲は本書の一つの集大成となる曲だろう。連載の最初の1ページ目に描かれている歌唱する仁乃は、今回のフェスで『ノイズ』を歌う仁乃の姿か。冒頭の伏線を回収し、ここからが誰も知らない未来に走り出すという予感がする。

読者にとって忘れられない曲となる『ノイズ』。最終回までで私たちは あと何曲 名曲に出会うのか。

そして構成以外にも、フェスで この曲を歌う仁乃は一つの集大成と言える。それがモモのギターを弾きながら、ユズ作曲の歌に、仁乃が歌詞をつけて歌うというもの。仁乃を巡る三角関係がギュッと凝縮した場面と言えよう。
この曲の内容が恋の歌ではないというのも良い。『ノイズ』は本書で初めて歌詞(の一部)が書かれた曲となっている。それが実に効果的だ。これまで歌唱シーンに歌詞があれば曲のイメージがより湧きやすくなるのに、と思ったことがあったが、そこは作者が敢えて書かなかったのではないかと今回 思わされた。なぜなら いくらユズの作詞であっても、ユズと仁乃が再会する前の曲であれば、その歌詞に仁乃には一切 関わりがない。歌っていても それはカラオケに近いものだ。
今回は初めて仁乃が想いを歌詞に込めた曲だから、仁乃の言葉で語られた歌だから歌詞が書かれたのではないか。初披露の場面まで、歌詞を書くことを封印していた作者の考えがあったのだと感心した一場面でした。


ノハリは夏フェスに向けての合宿を始める。通常の少女漫画の勉強回&お泊り回といったところか。ここではフェスに向けての練習もさることながら、この合宿でバンドとしての絆がさらに深まる。

一方、モモは自分の嘘に嘘で返した仁乃の嘘を真に受け、仁乃がユズを好きだと思い込んでいた。どうして仁乃を想う度に浮かぶメロディをねじふせ、金になるメロディだけを拾っていく。これが彼にとっての前進。ただ苦しさばかりが続く不器用な生き方であった。

そんな仁乃とモモの2組のバンドはフェスの前にしてラジオ番組で共演する。イノハリは仁乃以外は喋らないという設定で、モモの転校騒動の時の一件以来、2人の仲は険悪で、その空気がラジオ番組内で火花を散らした。

モモの言葉はどんなものでも仁乃に影響を与える。ラジオで攻撃的で批判的な発言を繰り返したモモに、イノハリのライブは滅茶苦茶だと言われたことを気にかけて、仁乃は大人しく完璧な演奏をしようとする。

その仁乃の安全策を見抜くユズ。だから仁乃に技術や基礎力だけでなく気持ちのないライブなど伝わらないと助言をする。それがモモへと届くライブの第一歩だと。

そこで仁乃は即興の歌詞で歌を歌う。それが自分の言葉をのせた歌は、自分まるごと歌えた気がすると、彼女の心にある変化をもたらす。だから仁乃は作詞に挑戦する。歌だけじゃなく、ギター演奏で音に厚みを持たせ、想いを込めた歌詞で自分の歌を更に伸ばす。仁乃は立派なイノハリの戦力になりつつある。


フェスの前にモモは訳ありの母親と再会する。たまたま会ったという割に、息子の行動をチェックし、仁乃のイノハリの活動のことまで把握している。そんな母にモモは嘘で防御し、彼女の存在を遠ざけようとする。借金を背負っているような描写があるモモだが、逃げ回るのは借金取りからではなく、母親からなのか…?

そしてユズも母の過干渉があり、音楽を捨てるように言われる。彼もまた母に監視されながら生きている。こういう人生の共通点がユズとモモを無意識で結びつけるのだろう。仁乃の声に魅了され、彼女のための曲が溢れ、同じ人を好きな2人。どこまでも似ている2人だが、ユズは仁乃の一番近くで彼女のための曲を披露し続けるが、モモは力技で溢れそうな想いや曲に蓋をしている。本人は全く理解していないが両片想い状態にあるのはモモなのだが、今、息苦しいのはユズよりもモモである。

フェスの前日、仁乃は自分の作った詩で新曲を歌う。彼女の気持ちが乗った歌の題材は、モモ、ではなくてユズだった。会えてよかったと仁乃が歌うことで、自分の籠に閉じ込め、一方的な理想を押しつけているという罪悪感が少なからずあったユズは救われる。

この曲に仁乃は「いろんな想いがバーっと交錯するから『ノイズ』」と命名する。


フェスの会場に来て、客が4つのステージに自由に移動できるフェスの怖さを実感する仁乃。怯むメンバーに自分たちの音を鳴らそうと鼓舞するのはユズだった。

このフェスで、イノハリを厳しい目で見るライター・東雲(しののめ)や、同じ歌手のグミが登場し、彼らの目を通してイノハリの変化や成長が語られていく。これは第三者の目で、自己満足ではない、他者にも分かるイノハリのバンドとしての成長を語るには重要な配置である。決して好意的ではない東雲をも圧倒するパフォーマンスを見せることで、仁乃の「怪物」感は一層 際立っていく。

だが出番直前に、母の脅威が迫ったモモが仁乃にしっかりと別れを告げる。
仁乃は、立ち去ったモモを追いかけたいという気持ちに支配されかけるが、イノハリのボーカルとしての義務と、モモに伝わる歌を歌うという本来の目的を思い出す。
こうしてテレビ出演同様(『3巻』)に、モモに心を揺さぶられた状態で舞台に立つ仁乃。今回も暴走が予想されるが…。


前に決めたセットリストを無視し、いきなり新曲『ノイズ』で始める仁乃。
そんな暴走し、怪物となった仁乃を止めたのはアクシデント。
カナリア』の途中でユズがフェスの会場内に母の姿を見かけ、ギターのピックを落とし、彼の演奏が止まる。
そのアクシデントには仁乃が対応。本来のユズのパートを自分で弾く。それは彼女がユズのギターを手本に何百回も聞いて、何十回もさらったから出来たこと。仁乃がギターの練習を始める際に『カナリア』を選んでいたから、この曲でユズが止まったことは不幸中の幸いだった。この仁乃が冷静に対処できたことへの説得力のある理由も良い。そして当初はユズが仁乃に注意を惹きつけるはずが、今は仁乃がユズの意識をこちらに戻すという立場の逆転も良い。
サビ前でユズが どうにか復帰したことで、サビでの音が厚さが際立ち、結果的に盛り上がった。

ユズが戻ったが、またも仁乃が再び暴走し、破壊的な歌声を出す。
それを戻すのはユズ。ユズは仁乃にジャンプをして接近し、仁乃の視覚に訴えることで彼女を現実に引き戻す。そこで仁乃は初めてメンバーの音を聞く。イノハリ結成秘話を聞き、イノハリ愛を一層 高めてきた仁乃が、周囲の音を聞いて感謝を込めて歌う。これが新生イノハリ初の全員での演奏と言えよう。

合宿やアクシデントを経て現体制の「イノハリ」は初めて一つになる。第一部(完)と言ったところか。

ラストはユズが仁乃と再び出会う契機となった曲。これは仁乃に会えない日々が続き、曲が書けなくなっていったユズが最後にしようと思っていた曲。それを仁乃がフェスで歌っている。そんな奇跡にユズは万感の思いを抱く。
「きみの声に 手が届くところまできたんだ」

だが、演奏終了後、ユズは仁乃を一度 引き寄せてから、モモの元へと走らせる。そうして仁乃はジャンプしてステージを降り、一直線にモモへと走っていく。いつだってユズは仁乃の恋を応援してしまう。もしかして永遠に満たされないことで、彼の中に音が止まないのだろうか…。ジャンプして近づいても、彼女はジャンプして他の男の元に走っていく。「かわいそうな当て馬大王」である。