福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第04巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
アリスの声だけはモモに渡したくない…友達でいると決心したはずなのにそれを踏み越えようとしてしまったユズ。意を決してモモに直接話をしに行くことに。一方、モモの本当の想いは…!? そして少しずつ明らかになるイノハリメンバー達の過去!! 花とゆめで超人気の切なすぎる片恋メロディ最新刊!!
簡潔完結感想文
- イノハリはあきらめない。”あきらめない”何も譲らない 満たされない 愛が泣いてる。
- バンド結成秘話。ファンは音楽的要素以外にドラマ性を希求。好きになっちゃう~。
- 仁乃の覚悟が決まり、視野が広がり、新生イノハリが本格始動なり。夏の到来なり。
音楽は僕らを救う。けれど音楽という手段が僕らを苦しめる、の 4巻。
本書のメインの3人は才能がある。ヒロインの仁乃(にの)には歌う才能が、そしてユズとモモ、2人の男性には曲を作る才能がある。彼らは皆、音楽というジャンルに助けられて、かつて抱えていた息苦しさから逃れられた。
だが現在、彼らは音楽があるから苦しんでいるとも言える。音楽は自分と、好きな相手を結ぶツールだったが、彼らは表現をする手段を持っているがために、相手に音楽を通してしか気持ちを伝えられなくなっている。もし彼らが凡人で、自分の気持ちを押しつけるだけの一方的な解決手段しか持たなければ、自分の気持ちをストレートに伝えられただろう。
けれど音楽的才能を持つ彼らは、相手との共鳴が欲しい。空(くう)を切ってしまう言葉ではなく、魂を振るわせる音楽で相手を揺さぶりたい。好意と音楽が渾然一体になってしまった彼らには、音に乗せる他に気持ちを伝える手段がない。だから いつか音楽を通して相手に気持ちが伝わる日まで、彼らは音を歌を発し続ける。
そして一方で、もっと単純な手段である言葉を通したコミュニケーションでは、心にもないことを相手に言って、自分も相手も傷つくという負の連鎖が続く。歌うという高次元の意思疎通をしたいと思う彼らは、そこでしか真実を語れないのかもしれない。
そこに もどかしいほどの切なさが生まれ、そしてだからこそ彼らは この道を邁進する。彼らの歌や曲が進化するのは、想いを伝える手段に縛りがあるから。閉塞的な状況でありつつも、前に進んでいるという手応えをいつも感じるから本書は読んでいて気持ちが良い。恋愛自体は1ミリも進んでいないのに、それでも満足感が高い内容が提供されるのは、彼らの感情に大きな波があり、裏があり、言えない言葉たちに溢れているからだろう。
今回は『4巻』表紙にもなっているベース担当・ハルヨシ先輩が良かった。彼がイノハリこと「in NO hurry to shout」の結成秘話を語るのが『4巻』中盤の内容で、それは仁乃が知らない ユズの側から見た6年前の物語でもあった。彼らの出会い、約束、そして それが果たされるまでの物語を読んで胸が熱くなった。
本書には諦めの悪い人たちが多く登場し、彼らは自分の守りたいものを障害に負けず守り続けてきた。今回、ハルヨシ先輩も その一人だということが分かり、これまで3人の物語がメインだったが、一気に彼のことも好きになり作品の世界が広がった気がした。こうやって最初に登場した男女6人の それぞれの背景を語られていくことで、この世界に奥行きと愛着を生んでいく。特にハルヨシ先輩の話は個人回というだけでなく、イノハリ回であるため、聞けて良かったと満足度が高いエピソードとなる。
そして この話は仁乃がイノハリの一員としての自覚持ったことから始まり、彼女がイノハリに誇りを持つ契機となる。これまで仁乃の暴走も温かく見守ってきたハルヨシが、彼女の意識がイノハリに向いていることを歌から感じ取ったからこそ話すことを決めた話である。こうやって一つの扉の先に、違う扉が待っているという連鎖する感覚が本当に心地良い。
そしてイノハリのことが更に好きになるのは仁乃だけではない。読者もまた こんな結成秘話を聞かされたらイノハリのことがますます好きになってしまう。本書はアニメ化・実写映像化されて、実際に作中の曲が現実になった(と思われる)が、このようなメディアミックスをしなくても、漫画版だけでイノハリ名義で曲を出しても一定数のファンは獲得できるだろう。
本書の中では音楽ファンは純粋に音楽性だけを追求している部分が多いが、ファンというのは やっぱり そのバンドや個人にドラマ性を求めてしまう。人気とビジュアル面の関係性も無視しているが、彼らのルックスが良いから売れている部分もあるだろうし。作品の中では そんなことは起こらないが、モモやユズの家庭の事情も公になったら、それだけでファンは彼らに一層の愛着を持っていくだろう。
自制が利かず、思わず仁乃にキスをしたユズ。ユズは自分の気持ちを伝えるつもりだったが、仁乃の涙を見て言えなくなる。ユズは自分の しでかしたことの大きさに自己嫌悪に陥る。謝ろうとして失敗し、仕事もあって大忙しのユズは心身のストレスからか熱を出す。
ここからは風邪回ですね。彼を見舞うのは仁乃。仁乃もまた自己嫌悪に陥っていた。なぜなら彼の好意に甘えて、モモのことで相談に乗ってもらい、応援してもらった。それが、どれだけ彼を傷つけていたことかに気づかされたから。
公私ともに自己管理が出来ないで暴走したイノハリのボーカルを辞めようとする。
しかし仁乃の声を失うかもしれない恐怖がユズを動かす。彼は全てを冗談にする。そして完成したミュージックビデオを仁乃に見せ、自分の仕事に誇りを持ってもらう。この『4巻』は仁乃にイノハリのボーカルとしての自覚と覚悟を促す巻である。
こうしてモモに届けるだけじゃなく、自分に居場所をくれたバンドメンバーのためにも歌い、イノハリのアリスを掴むためにもがく。以前も書きましたが、短期的な目標が設定されていて、ずっと努力しているから本書は良い。そして その舞台や目標の設定の仕方が本当に巧い。
仁乃の行き詰まりを象徴するのが、モモのギター。手放そうとしても決心がつかない。そこには自分の声を信じたユズと、モモに声が届いた証拠だと思い、捨てられない。
だから仁乃はギターを鳴らしながら歌う。その行為によって仁乃は壁を越えた。自分の未練の具現化だと思っていたギターが、彼女の武器になった。
一方、ユズとモモは、互いの正体を、恋のライバルだと知って初めて会う。モモの口から、彼もまた自分同様に仁乃の声に救われたことを知るユズ。彼女の声を独占するために2人は勝負をする。そしてライバルでありながら、同じものを愛する連帯感が彼らの友情を育む。直接は仁乃に好意を言えない2人が、陰で正々堂々と男同士の勝負を挑んでいるという展開に自己承認欲求が満たされる。この場面で発した言葉が仁乃に届けば どんなに楽だろうか。
仁乃の声にメンバーへの思慕もあることに気づいたハルヨシが、仁乃に昔話を聞かせる。それは元祖イノハリの結成秘話。彼らの出会いの物語だった。
入院中の深桜・ハルヨシ・クロの後に、ユズが入院してきた(ちなみに他3人の病名などは全く分からない。どうやら身体を激しく動かせないらしいが)。
彼らを結んだのは音楽だった。だがユズの母親は彼に音楽を禁ずる。『3巻』では家が母の音楽禁止のテリトリーなのかと思っていたが、病院という その世界でも息子に音楽を禁止している。
そして6年前の仁乃とユズの最初の出会いも、病院内での3人の手引きがあったから実現した。仁乃に会った日、ユズは興奮して帰ってきた。自分の作曲した歌を歌うべき人として彼女の声に惚れこんでいた。一目惚れならぬ、一耳惚れか。モモが仁乃の声が無かったら息をしていないように、ユズは自分の音を仁乃が歌にすることで息をしていた。
その頃の仁乃はモモの喪失感で息苦しかったが、ユズと出会い歌を歌うことで楽になれた。2人の出会いは相互作用をもたらし、2人に呼吸を思い出させた。
彼らの病室に楽器やバンドという概念を持ち込んだのは、ドラム・クロの兄。そして音楽に惹かれていく彼らを、クロの兄はイベントライブに誘う。
ユズは やはり母の支配下にあり、この頃は音楽を諦めようとしていた。だから同じ病室の4人はバンドを結成する前に方向性の違いから解散しかけたが、生のライブを見た4人は「音に侵された」。
こうして4人は、軽音部の設備が整っている中高一貫の私立校を目指し、そこでバンドを結成することを約束する。
だが、仁乃の前から姿を消したように、ユズと他3人もユズの転院によって交流が失われる。再会は4年後(?)となる。仁乃とユズとの再会よりは早いが、彼らも没交渉の時期があったのだ。
だがユズは音楽を捨てていた。この4年間、曲作りは許されないが、アリスへの思慕=音だけが溢れる苦しみの中にいる。欲望を発散させる手段がない。
一方、ハルヨシ先輩は入院中の約束を守り、その学校に入り、廃部寸前の軽音部を存続させようと必死に戦っていた。仁乃がモモのために海岸で歌い続けたように、ハルヨシは約束のために1人で部室を、来たるべき後輩たちのための居場所を守っていた。ここは感動するなぁ。イノハリ結成の最大の立役者ではないか。深桜(みおう)やクロもだが、ユズだって口では音楽を諦めたと言いながら、ハルヨシたちとの約束や、仁乃に会える可能性を信じて この学校に入ったに違いない。誰もが諦めなかったから この再会は生まれた。
ハルヨシは約束を守るために1人で生きていた。ユズの曲を弾くために、読めなかった楽譜を読めるようになり、そしてベースの練習を重ねていた。
廃部寸前の軽音部を守るためには新入部員が必要。だが新歓ライブはハルヨシの他の たった1人の先輩が出なければ成立しなかった。そこでユズはその先輩に頭を下げ、ハルヨシの苦労が報われるよう動く。しかしユズを守るために出たハルヨシが先輩と喧嘩別れしてしまい窮地に陥る。
だからユズはハルヨシと2人で新歓ライブに出る。仁乃が暴走した、あの新歓ライブ(『1巻』)の4年前(?)にはこんな秘話があったとは。こうしてバンドが結成される。イノハリの名がついたのも この年。
ネットには載っていないイノハリの誕生の経緯を知り、一層 イノハリのボーカルとしての自覚が出た仁乃は練習を重ね、夏フェスに向かって動き出す。ハルヨシはギターを弾いて歌唱する仁乃の姿に目をつけ、今後は彼女にも楽器を弾いてもらうことを提案する。だが、まだまだプロのレベルには遠く、合宿をすることに。夏フェスでは、モモ(&深桜)のバンドとは、違うステージの同じ時間帯。負けられない戦いが始まろうとしている。
ユズと同様に、モモもまた仁乃との再会後、曲が溢れていた。当初 彼が仁乃を避けるような行動をしていたのは、仁乃に会ったら最大の目的である仕事=金銭よりも、仁乃のための曲ばかりを作ってしまうという自覚があったから。
しかし仁乃と再会してしまった。これ以上 交流すると仕事に支障をきたすためか、モモは転校を選ぶ。
仁乃との別れの際、モモは わざとイノハリを悪し様に言う。それは彼の嫉妬から生まれた言葉だろう。自分が歌って欲しい仁乃の声を、違うバンド(ユズ)が奪っていったという悔しさが滲み出ている。
だが、丁度 イノハリを誇りに思い始めた仁乃には屈辱的な言葉にしか聞こえない。だから仁乃はユズの曲だから自分が呼吸が出来ていることをモモに伝える。その裏にある、モモへの想いで破裂しそうだから、歌わずにはいられないことは言わないまま…。
本心を言えば言葉は波となってモモに伝わるのに、口に出るのは違う言葉ばかり。2人とも相手を想っているのに、それだけは口にしない。だから売り言葉に買い言葉で、敵対心ばかりのヒリヒリした言葉を互いに投げつけてしまう。誰よりも大切な人を露悪的にしか傷つけられないモモは不器用なドSキャラである。
だが最後にモモは、身体が勝手に動いて、仁乃を自分の方に引き寄せようとしている。これは『2巻』で仁乃がモモのオーディションを受けると知ったユズが勝手に身体が動いたのと同じ現象ですね。口は嘘をつくが、身体は正直。彼らが恋愛に踏み出せない原因は家庭のトラウマにあるのか。となると、先は長そうだ…。
この後でモモは強烈な自己嫌悪に襲われるだろう。『4巻』は最初と最後で男性たちの自己嫌悪が待っていた。