《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

好意を曲や歌には変換できるのに、音のない世界では ぼくたちは嘘をついてしまう。

覆面系ノイズ 3 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第03巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

遂にイノハリのボーカル“アリス”として舞台に立ったニノ。だが再び気持ちがコントロールできなくなり…。果たして衝撃的なライブの結末は!?一方、お互いの正体を知らずに仲良くなるユズとモモだったが…!?音にする事しかできない3人のココロが激しいノイズを生む第3巻!!

簡潔完結感想文

  • 特定の誰かを恨むのは、自分が全てを やり尽くしてからでいい。ライバルは最大の目標。
  • 女性の友情と違い、男性は「ほんとの こころをかくし」たまま。全員片想いから全員失恋へ。
  • 屋上で明確になる2対1の構図と 相手の素顔と覆面。歌といい『サヨナラノツバサ』っぽいな。

面の下の顔は絶対にバレないのが この世界のルール、の 3巻。

どうやら本書では、自分で言い出さない限り、その人が秘めている気持ちは相手に伝わらない、というのが絶対のルールのようだ。だから各人が「ほんとのこころを かくして」、心にもないことを言っても、その言葉は相手に その人にとっての真実として伝わる。もしかしたら それは、曲や歌と同じく、空気を振るわせるものは全て相手の心にダイレクトに伝わる、ということなのかもしれない。あっ、でもユズが誰を好きなのかは軽音部メンバーにはバレていたか(それも彼が作曲しているから、曲から伝播したといえるからセーフ?)

自分で言わない限り、態度でバレることはない、というルールは色々な所で適用される。

中でも、バンドメンバーの変更などは それが顕著であろう。この『3巻』で作中のバンド「in NO hurry to shout」(通称イノハリ)のボーカルが深桜(みおう)から仁乃(にの)に代わっている。それに際し、バンド内の役割も変わっているし、深桜はモモが立ち上げた新しいバンドのボーカルに就任する。
…が、それに関してのファンの混乱は一切ない。まず第一には声バレするだろうというツッコミがある。『2巻』で機械でエフェクトをかけている、みたいな描写があったが、それで万事が解決するとは思えない。というか、声を変えるだけで同じに聞こえるのなら、ボーカルなんて必要ないという結論になりそうだ(ボカロで十分)。深桜の声ファンには、新バンドのボーカルに聞き覚えがあって当然だが、そこも覆面してればOKの世界という理屈らしい。
もしやユズが背が小さいという設定も、仁乃と入れ替わってもバレないようにするためだけに あったのか(彼の止まっている時間の象徴でもあるのだろうけど)?

作者は、前作『モノクロ少年少女』でもルールの恣意的な運用が悪目立ちしていた部分があったが、物語の足を引っ張るようなマイナス要因よりも、勢いを削がずに純粋に面白さだけを追求しようという姿勢なのかな。
バンドにおいても活動の足を引っ張るようなアンチの主張は取り上げられず、純粋なファンの熱狂だけを拾っているから、バンドの個人ファンというよりも音楽を愛する人たちをファンとしている。彼らは芸能人ではなく音楽の伝道者としての役割がある。少女漫画が大好きな芸能界モノのように見えて ちょっと違うのは その辺に訳があるのだろう。


『3巻』で面白かったのは、男女それぞれの恋のライバルは、学校(プライベート)で一番 彼/彼女の近くにいるという点。
深桜は仁乃とライバル関係にあると思っているが、仁乃はユズのことを恋愛関係では視界に入れていない。それがまたユズに痛切な苦しみを与えるのは置いておいて、深桜は仁乃もまた同じように人に恋する人間であることに共感と尊敬を覚える。仁乃がずっとずっと6年間、周囲の雑音を耳に入れながらも、それを聞こえなくなるまで強靭な精神力で歌い続けていることを知る。仁乃の強さが深桜に不断の努力をさせることになり、それが結実した彼女の歌に、今度は仁乃が影響されるという正しい連鎖が心地よい。嫉妬は少女漫画に必須な感情だが、それを乗り越えるために相手を憎んだり妨害したりしない姿勢が本当に好きです。
女性たちは、互いに覆面でバンドをしていることも、相手が誰を好きなのかも知っているオープンな関係で、複雑な感情を抱きながらも、それを上回る友情によって彼女たちの関係は成立している。

一方で、男性たち(ユズとモモ)は、互いの好きな人も音楽の仕事のことも黙ったまま、関係を構築していく。仁乃を巡る三角関係であることも、自分の曲の原動力は仁乃というミューズであることも互いに知らない。ただ音楽好きな同じ高校の同級生としての交流があって、無意識だが自分の育った環境と似たものを感じているから共鳴する部分も多いのかもしれない。

だが、今回のラストで彼らは恋心も、そして覆面の姿も知ることになる。いよいよ本当の三角関係が始まった少女漫画の『3巻』だが、それと同時に彼らは2つの意味でライバルであることが発覚する。三角関係の恋と音楽と直接対決、この3要素は何だかアニメ・マクロスシリーズみたいだなぁ。

今回は衝撃的な場面で終わることもあり、次巻が気になるばかりである。

ただの同級生として恋バナも出来る2人。だが覆面を被った彼らはプロのプライドがありライバルとなる。

ーディション審査でモモから拒絶されたこと、そして その際に仁乃の思い出の曲「きらきらぼし」を歌った直後ということもあり、アリスとして「イノハリ」のボーカルとなった仁乃は暴走する。

だが その暴走が、いつも冷静で、仁乃の歌を受け入れないモモの心を揺さぶる。無我夢中で歌った仁乃の歌をモモは「怪物」と評する。仁乃は知らないが絶望的な状況の中で、一条の光が差し込んでいる。

歌唱の後、仁乃は冷静になる。自分はモモに言いたいことを押しつけただけだったこと、歌に自分の気持ちを込めるべきだったことに気づく。

そんな仁乃にモモと一緒に仕事をしている女性・月果(つきか)から連絡が入る。彼女はテレビで歌った仁乃の歌声でモモが動揺した事を伝え、その同様の証である傷ついたギターを独断で仁乃に渡す。モモの許可を取ってはいないが、月果のお節介が無ければ折角、再度 繋がった2人の関係が終わってしまうところだ。仁乃にユズがいるように、モモには月果がいて、何でもモモの心情を理解する彼女が背中を押してくれるからモモは仁乃と関わり続けられる。「ほんとのこころ」を見せない生き方をしてしまう自分の気持ちを代弁してくれる人がモモには必要なのだろう。その意味では翻訳者であり、彼女がモモの曲に歌詞をつけることは、モモの言えないこと気持ちを発散させる行為でもあるのかもしれない。

傷がついたギターは仁乃の歌がモモへ届いたという動かぬ証拠。その嬉しさを仁乃はユズに話し、彼女はユズに感謝する。だが、彼女の喜びはユズにとっての苦しさでもある。満面の笑顔の仁乃の横で、泣き出しそうなユズ。そんな彼のことを仁乃は見えていない。仁乃はいつだって無邪気だが、無邪気だからこそ言葉のナイフで人を傷つけている。ユズの気持ちが仁乃に伝わった瞬間、仁乃は これまでのユズへの言動に傷つくだろう。

仁乃ではなくユズの曲を歌う「アリス」としてならモモにも歌が届くかもしれない。一縷の望みが見えた。

のギターが契機となり、仁乃はギターの練習を始める。少しずつ弾けるようになった頃、仁乃は改めて月果にお礼する。だが その際、月果がモモと同居していることを知る。これは仮想ライバルと言ったところか。そしてモモにとって月果がどういう存在なのかを考えると、仁乃の胸が痛む。それを人は嫉妬という。

一方、深桜はオーディションを通った。アリスの代役ではない深桜として生きることをユズに報告するが、彼の反応はつれない。

そんな状況に限界を感じる深桜。彼女は仁乃がアリスとして失敗すれば、自分の必要性をユズが認めてくれるとも考えていた。だが仁乃は覚醒し、もう自分の居場所は どこにもなくなり、状況は悪化した。

だからユズから貰ったピアスを海に投げ捨てる。それを急いで探しに走る仁乃。その姿に深桜は驚き、そして自分と仁乃の違いを思い知らされる。仁乃は自分が6年間ずっと海に歌っていることの異常さや奇異に見られることも承知していた。それでも歌い続けた。諦めるのは何もかも手を尽くしてからだという覚悟があるから。そんな仁乃に深桜は圧倒される。壊れそうな友情の場面を、一気に、高みに上るための好敵手についての話にしているのが凄い。切ないや悲しいなどマイナス感情は描かれているが、その中の みにくい・暗いといった感情は上手に排除されているから気持ちが濁らない。


モとユズの交流は、ユズが家庭で音楽を取り上げられたことから一層 深まる。深桜と同じく彼も汚い気持ちを抱えながら生きている。

家に帰りたくないユズを拾うのは、モモ。そこで少しだけ語られるユズの家庭事情。『2巻』のモモに引き続き、男性陣のトラウマが徐々に明らかになる。そしてトラウマはヒーローに不可欠な要素である。
母が音楽に関わらせないようにしていること、それが原因で留年したこと。母はパソコンもスマホも毎日チェックするという。だから彼の音楽との関りは学校とイノハリだけ。学校やイノハリの活動は許されている(過干渉しない)のは、母親が家庭内の音楽にしか興味がないからなのか。帰宅が遅い、不規則に出掛けるなど、息子の行動に謎は多いはずなのに そこは寛容らしい。家というのが、母が家庭でのルールを適用する範囲なのだろうか。

ライバル関係でもある深桜と仁乃に友情があるように、男性同士も友情がある。彼らは2人とも作曲家なので、嫉妬や みにくい恋心を音に変換させていく。そして彼らは知らないが2人ともミューズは仁乃なのである。しかも相手は音楽的ライバルであることも知らない。それを知った時、彼らの友情は壊れるのだろうか。友情も愛情も脆いガラス細工のようだから常に緊張感がある。


んなモモこと桐生 桃(きりゅう もも)は新しくバンドを立ち上げる。同じ覆面バンドでデビューアルバムの発売日はイノハリと同じ日。ボーカルは深桜。深桜は更に歌が上手くなっていた。その彼女に感化されて、仁乃も努力を重ねる。ギターといいボイトレといい、仁乃は常に努力していることが暗に描かれている。誰もが努力し もがいている。

そして2組のバンドは同じ夏フェスにも出るという。深桜は野外フェスは仁乃にピッタリという。地球全体に歌を届かせたい仁乃。地球全体に届けば、必然的にモモにも届く。テレビ出演につづき夏フェスで彼女は何を得るのか。また暴走だろうか…。

仁乃が努力するのは、フェスでモモに会えるからであった。だから練習をし過ぎるほどする。その彼女をユズは制御しようとするが、一緒にいる時間が長くなるほどユズの恋心は破裂しそう。

だが、ユズが告白する前に、仁乃はモモが同じ高校にいることを知ってしまう。それは男性たちが互いの正体に気づく瞬間でもあった。ユズが知っている榊(さかき)はモモで、桃が交流していた杠(ゆずりは)はユズ。そしてユズは有栖川 仁乃(ありすがわ にの)をアリスとしてバンドに招き入れ、一番近くで彼女の声を聞き続けている存在。モモはポーカーフェイスだから感情が出にくいが(それ故に月果がいる)、この時のモモの衝撃は凄まじかっただろう。


も知らない無自覚ヒロイン・仁乃はまた、モモに会えたこと同じ高校だったことに浮かれる。そのせいでユズは再び好意を飲み込む。傍にいると溢れそうな好意だが、彼女は別の男の話ばかりするという地獄の日々。

仁乃はモモに会える可能性に賭けて この学校を選んだが、それはモモもまた同じであった。それでもモモは、仁乃がいることを知っても ずっと近づかなかった。これは咲坂伊緒さん『アオハライド』の双葉(ふたば)に会う前までに彼女の全てを調査しつくしていた『1巻』の洸(こう)を連想した。愛が深すぎる男性キャラは平気でストーカーになっちゃうのでしょうか…。

仁乃を拒絶するばかりでは、音楽的に行き詰るという月果の助言もあり、モモは少し仁乃への態度を軟化する。オーディションでの態度、6年前の別れの前に言えなかった「ニノのことが好きだった」こと。
敢えて過去形で話、そして今、別の人が好きだと言って、モモは6年前の後悔と悔恨を一方的に決別する。そうして過去を清算することで自分が前に進めると考えているのだろう。


モから知らされた事実に仁乃は「きらきらぼし」で現実逃避を図る。歌うことで感情の爆発を防いでいるのだろう。
その仁乃の歌声にモモも歌声を重ねる。それは この6年間、仁乃が願い続けたこと。だが その達成は失恋と同時にやってきた。だから仁乃も6年前 好きだったと事実を改変する。仁乃もまたユズと同じように、相手の重荷になるのなら、受け入れられないと分かっている恋心なら嘘で固めてなかったことにしようとした。

こうして「ぼくたちは ほんとのこころを かくしている」。それはきっとモモも含めた3人が抱えた共通認識であろう。

だが、この話を知らないユズは、仁乃がモモと両想いになると思い込み、彼もまた失恋したと落胆していた。全員片想いから、全員失恋へと大きく物語が動く。だが そのほとんどが嘘と沈黙で成立している。

仁乃は失恋後も気丈に振る舞っていたが、イノハリの新曲レコーディングの際、ユズの書いた歌詞が自分のことを歌っている事に気づき、そこでモモに失恋したことを痛感してしまい、歌えなくなってしまう。

泣きじゃくる仁乃の話を聞いて、ユズは自分の決意が揺らぎ、我慢が決壊する…。