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少女漫画と小説の感想ブログです

ヒロインとは何もしない人のことである。向けられる悪意と比較するから 良い人に見えるだけ。

微熱少女〔小学館文庫〕 (4) (小学館文庫 みC 7)
宮坂 香帆(みやさか かほ)
微熱少女(びねつしょうじょ)
第04巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

少し距離をおくことにした里菜とヒロ。そんなとき、友情も大切だと気づいた涼子が、ヒロのことをあきらめ、最後の思い出にヒロの頬にキスをして…!?

簡潔完結感想文

  • 逃亡癖がある何もしないヒロインには悪意はない。相手の自滅・改心で勝手に聖女に格上げ。
  • 一時的に距離が出来ても、彼女は彼のもとに飛び込むし、彼は彼女をどこまでも追いかける。
  • 長すぎる すれ違いが終われば日常回。それが終われば また すれ違いの始まりで安心できない。

猾な女性ライバルに、強引な当て馬に既視感たっぷり の 4巻(文庫版)。

Eテレの浦沢直樹さん「漫勉neo」で少女漫画界でも活躍した惣領冬実さんが、敵に立ち向かう少女漫画と比べて、(交際後の)少女漫画ヒロインは防衛戦を強いられると語っていた(意訳)。

本書の中盤が まさにそれである。しかも専守防衛。どんなに相手に悪意があっても反撃能力すら持ってはいけない。ヒロインたちに必要な能力は相手を撃退する力ではない。何があっても罵詈雑言や暴力の手段を取らない強い精神力である。ヒロインを恋人という地位から蹴落とそうとする相手に対して、自分も相手を陥れるような実行力を駆使しては、相手と同じ土俵で戦ってしまう。そうではなくて、相手が自分に向ける悪意に対して応えないことで、相対的に物語を見る読者の中でヒロインの地位は上がっていく。

最後に自分に悪意を持った人にも優しくすることで、ヒロインは女神へとクラスチェンジする。

しかし本書においては、何もしない期間が長すぎる。自分が八方美人をするせいで傷つく場面の多さに辟易した。ここまで何もしないとヒロインへの好感や共感も消失していく。しかも『4巻』の場合、全て一度経験していることで、全てが再放送に過ぎない。ここが最大の欠点だろう。今回のライバル・涼子(りょうこ)と也汰(なりた)の立場やアプローチは、かつての百合(ゆり)と有馬(ありま)と全く一緒。しかも今回は自分たちの関係に自分たちで隙間風を吹かせ、その際に近づいてくる異性に対し不平・不満を募らせていくだけ。上述の通り、ライバルが強引な手段に出たり、自分が優位に立つために嘘をつくからヒロインたちが良い人に見えるが、彼らの方に問題解決能力が備わっていないことが問題だ。その問題は引き続き継続しているのに、そこから目を逸らし愛の勝利みたいな結末を用意するのが彼らの成長を感じられない点で、また同じことを繰り返すという不安につながる。

続々とライバルを登場させることが連載継続の手法なのは分かるが、その中で1回目との違いや2回目の意味を出せたら良かった。そういう考え尽くされた構成を用意せずに ただただ交際の危機を描いたのが残念でならない。


菜が悲しむ姿を見たくない也汰は、涼子以外の弓道部員が知っているヒロと里菜との交際を大声で宣言する。これは里菜を悲しませるヒロへの牽制と、何も知らずに2人の間に入ろうとする涼子への忠告である。

涼子は隠し事をされていたことに対する報復として里菜を無視する。やがて里菜は涼子が秘密を知っていることを知り、涼子との友達関係を維持するために言えなかった、と謝罪する。里菜は騙そうとしていなかったので これで彼女に何の落ち度もなくなった。逆に ここからの涼子の行動は彼女の悪意であり、隠し事をしていた里菜よりも悪行を重ねることで善悪が明白になる。そういう意味では苦難こそがヒロインを輝かせ、読者から人気を獲得するチャンスなのである。

里菜に抱きついた也汰は表面上はいつも通り。しかし彼も里菜への気持ちを募らせていた。だから再び、里菜に抱きつき、それが里菜の秘密になり、ヒロとの仲が険悪になっていく。里菜は 何もかもヒロに隠そうとするから状況は悪化する。トラブルに上手く対処できない不器用さが、このカップルにはある。

2人のアプローチは百合編や有馬編と全く同じ。百合・涼子は密かに2人の関係の崩壊を狙い、有馬・也汰は正面から里菜をヒロから奪おうとする。完全な再放送である。ライバルで連載を延命させるにしても少しでも違う立場のライバルを用意すればいいのに。


れ違いを修復できないことを悟ったヒロは、少し距離を置くことを提案する。本書においてヒーローであるはずのヒロだが、彼は割と里菜のことを理解しないし、否定する。ヒロにも冷たくされることでヒロインの悲劇性が際立つからだろうが、そうすることで2人に交際の深まる様子が見受けられなくなる。この2回目のライバルの話では、2人が仲直りの方法を確立するとか そういう着地点を用意して、読者を安心させて欲しかった。

そんな2人の すれ違いに心を痛めた涼子は自分から この恋からの撤退を決意する。百合と違って悪意100%ではないのは、転校生で里菜の友人枠でもある涼子は この片想いが終わっても物語から完全に排除できないからか。
だから涼子は新入生歓迎イベントで行く遊園地で最後にヒロと2人きりで一日過ごして それを思い出にしようとする。涼子は それに里菜が参加しないことは分かっていたから、ヒロと2人きりになろうとした。
だが里菜が新歓に参加し、結果的に涼子は彼女を傷つけてしまう。そこに現れたのが也汰。也汰は里菜と2人で遊園地を巡ると宣言。里菜も意地を張ってそれに乗っかってしまう。これは『1巻』の時のリュウジと多紀とのWデートと似ている。あの時と同じで他者に巻き込まれるまま離れ離れになり、あの時と同じで誤解を解く手段を持たない2人なのだ。カップルとしての成長を全く感じられない。

それにしてもヒロの態度が不可解。里菜が参加しても一日彼氏に徹するのは、ヒロもまた子供じみた意地の張り合いで、涼子にサービスしているのだろうか。たとえば少女漫画的な王道展開なら、涼子は引っ越しが決まっていて、最後だからサービスをしていた、という理由が用意されていて、里菜の誤解や心配が解けるという結末になるのだろうが、本書にはそれはない。涼子の未練を断ち切り、里菜との復縁のための最後のサービスという割には、ヒロが積極的すぎる。涼子の好意に全く気付かないからこそ出来る所業なのだろうか。

自分の思い通りにならないと ヘソを曲げがちなヒロ。2人の問題解決能力は一向に向上しない。

中、里菜は涼子に一日彼女の話を聞かされるが、承諾してしまう。その反面、不安に駆られて皆の前から姿を消す。お得意の逃亡をして、そして落ち込む。真正面から戦わないのがヒロインなのかもしれないが、自分の選択に悔やむぐらいなら、戦うことと嫌われる勇気を持てと言いたい。とにかくケンカや すれ違いに紙面を割き過ぎである。そして相手の悪意だけでなく、自分たちも行動の選択を間違えすぎて事態は混迷を極めるから単純に楽しくない。

一日の終わりに涼子が遊園地でヒロに抱きついていた場面が他の生徒に見られ(そりゃそうだ)、学校中の噂になる。涼子が略奪愛をしたということで、女生徒の反感を買い、彼女はイジメの対象になりかける。

そこで手を貸すのが里菜。自分だって気持ち的には也汰と浮気をしたも同然なのに、なぜだかヒロインの地位は守られ、自分を傷つけた人にも寛容な女神さまのような人間として描かれる。この里菜の「ヒロイン力」が涼子の気勢を削ぎ、彼女は恋愛よりも友情を優先することで、この友情と愛情の板挟みは一件落着する。


かし涼子が別れの儀式としてヒロの頬へのキスを也汰が見たことで、余波は続く。
涼子の片想いが終わったことを知らない里菜は、也汰がヒロと涼子のただならぬ関係をほのめかすことが気になり、彼の誘いに同行する。也汰の後を追いかける里菜だったが、その内にヒロのことで頭がいっぱいになり、也汰とは別れを告げる。が、その直後 里菜は倒れてしまい、気が付くと也汰と寝台車に乗っていた…。

かなり展開は強引だが、離れることで里菜の中でヒロへの想いが強くなることを描きたかったのだろうか。そして也汰は、このままヒロと物理的にも精神的にも引き放せば、自分にも勝機があると思って電車に乗せたのだろうか。ヒロに関しては離れゆく里菜を、どんな手段を使っても追いつこうとする必死さや真剣さが見て取れる。が、2人の間に吹いた隙間風が、どう止んだのか、何がヒロが里菜を もう一度 信じるキッカケになったのかが何も分からない。すぐにカッとなって里菜に冷たくして、即座に反省するヒロにも成長が見られない。

里菜はヒロに会うために電車から降りる決意をする。走行中にもかかわらず非常用の開閉装置を作動させ、電車から飛び降りる。ドラマチックな場面ではあるが、非常識な場面でもある。現実的に考えればドアを開ける前から駅に進入した電車の減速を感じていると思うので、もうちょっと待てよ、と言いたいかな。

こうして涼子に続いて、也汰も、逆境に負けない里菜の強さの前に退散する。ヒロインは勝手に傷ついて、そして勝手に彼への想いを復活させる。也汰や有馬からすれば、傷つく里菜を見捨てられなかったのに、なぜか勝手に復縁してしまう。優しい男たちは里菜の被害者である。


うして元通りになって日常回のデート。
久し振りのデートに加えて、キスの先の関係を考えてしまい、空回り。が、注文したパフェの中にお酒が入っていたことで、ヒロが崩壊。ラブホテルに入り、そのまま事が始まりそうになる。ヒロが眠ってしまい安堵するような残念なような心境の里菜。300ページ以上キスもしてなかったのに一気に身体の関係に話が進む。典型的な「するする詐欺」ではあるものの、1回目なのでアリ。2回目も同じことをやったら有罪ですが。
しかしヒロは平和モードの時は本当に誠実な良い人である。悪質なのは飲酒時よりも険悪モードの時だろう。なぜ ちょっとでも すれ違うとあんなに里菜に冷たくなれるのだろうか。本書の場合は彼氏もちゃんと成長するのを見届けないと安心できない。

続いては里菜の家の飼い猫・山田(やまだ)さんが行方不明という日常回。というか、全体的に番外編みたいな話である。本編と全く関係がない。
ここでは里菜と山田さんの出会いからが語られる。一人っ子だったから厳しく育てられた反面、自分が世界の中心であった里菜。小さい頃からワガママを通すために逃亡するのは変わらないらしい。
山田さんを飼うことになった10年ほど前のあの日、里菜がヒロと会っていた、というエピソードも番外編っぽい。


そんなエピソードが終わると早くも季節は秋に突入する。ライバルの活躍で貴重な半年が奪われたらしい。普通に考えれば全国二位(らしい)ヒロの弓道の大会の様子とか入るべきなのに、それもない。
ヒロの部活の引退が近づき、彼の高校生活も残り半年になり、ここで進路の話が出る。自分がヒロの大学進学の話や予備校通いを知らないことにショックを受ける里菜は、ますます体調が悪化する。一体、この2人は普段 何の話をしているのだろうか。口数が少ないヒロだろうが、質問には答えてくれるだろうから里菜から知りたいことを聞けばいい。交際して2年、いや もうすぐ3年目に突入するのに まだまだ遠慮があるということなのか。

里菜の体調悪化の様子は安易な展開を予感させる。心配だ…。