雪丸 もえ(ゆきまる もえ)
ひよ恋(ひよこい)
第01巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
ひよりは、超〜人見知りな高校1年生。わけあって、みんなより遅れてスタートした高校生活。同じクラス&となりの席の、広瀬くんに恋をしました。いつもまわりに人がいて、明るくて楽しい彼は、自分とは正反対なんだけど―――!? 【同時収録】おまけまんが みったんの放課後日誌
簡潔完結感想文
- 身長140cmよりも、入学式前にトラックに接触し全身複雑骨折したヒロイン設定に驚く。
- 50cmの身長差では 背伸びをしても君と同じ目線にはならないけど、気持ちは君に 届け。
- 初めての特別な気持ちに気づくヒロインが『1巻』のラストで気づくのは2人の距離の遠さ。
2009年の後半は少年漫画、少女漫画双方を「巨人」が席巻していた! の 1巻。
本書のヒロインは身長140センチで人見知りの「ひより」。
彼女が初めて恋をした相手は身長190センチのクラスメイト・結心(ゆうしん)であった。
身長差も、そして性格も凸凹コンビの2人は何もかも違う。
だが ひより が どんなに心に壁をつくっても、コミュ力の お化け結心の前では無力であった。
壁で安寧を守る側と、それを容易く破壊する側という構図はまるで諫山創さん『進撃の巨人』である。
奇しくも発表が同じ2009年の両作品。
00年代後半は、何か壁を破壊する、という話が求められていたのだろうか。
リーマンショック後の不況で現状を打破したい、外部からの変革を望むとか、
そういう社会心理だったのだろうか、などと浅はかな分析をしてみる。
良い作品でした。
この直前に読んだ「少女漫画」が ちっとも共感できなかったので一層 心に沁みた。
10代の読者たちには こういう作品を読んでもらいたい、と心から願う。
著者初の複数巻に亘る作品で、長期連載も初めてなのに、作品の足腰は最初から強い。
一風変わった設定だけじゃなく、丁寧に心理描写を重ねているから、誰もが共感できる話になっている。
いかにも掲載誌「りぼん」的な展開もあるのだが、
ここには優しい世界があり、そしてヒロインの世界が広がっていく様子が手に取るように伝わる。
この広がりって長期連載には欠かせない要素で、
新キャラを出せば良いというものでもない。
キャラの配置によっては結局 作品世界の狭さだけを露呈してしまう場合もある。
だが本書、特に前半は閉じこもっていてばかりだったヒロインの視界が開ける場面が何度もあった。
この開放感やカタルシスが続くから、連載も続いていったのだろう。
当時 まだまだ若手であった作者が こんなにもしっかりとした作品を構築していることに感心した。
物語の始まりは、主人公が異邦人のことが多いが(少女漫画なら進学や転校)、
本書の異邦人設定は少し変わっている。
それが「入学式前日に大型トラックと接触してチャリごと 坂 転げ落ちて全身複雑骨折」という実は壮絶な設定である。
それを経て退院したヒロイン・ひより が留年することなく12月に復学してくることから物語は始まる。
これは人生の大きな転機になりそうな事故だが、ほぼほぼ変わった設定としてしか活用されない。
もっと、今回の8か月にも及ぶ入院・療養生活が彼女の思想や生活態度に影響があっても良かったかも。
でも本編で ひより が自転車に乗っている描写は全くないから やっぱり彼女なりに恐怖やトラウマが あるのだろうか。
ちなみに彼女は家庭教師をつけて出席日数も試験で免除してもらえた、という。
留年して実は結心よりも1学年上の小さい彼女という設定も面白かったと思うが、
そうすると親友の律花の、ひより の補助輪としての役割が果たせなくなってしまうのだろう。
ひより が結心を苦手なまま話が終わってしまう恐れがある。
ひより は人見知りなのに、クラスどころか学校の人気者の結心の隣の席で、注目を浴び、
彼からイジられることで彼に苦手意識を持つ。
そして特徴的なのが その身長差。
140cmの ひより に対して、結心は190cm。
その身長差は50cmとなる。
これは少女漫画史上最高の身長差でしょうか。
結心は 心配りの出来るジャイアンといった感じ。
ひより が教科書を忘れたら、自分の物と共有するのではなく、
自分も持っていないので、その隣の席の人から強奪し、ひより と2人で使い始める。
こういうデリカシーの無さも ひよりが苦手とするところだろう。
真面目な ひより だけど、結心によって授業中に物を食べたり、先生に注意されて落ち込む。
だが上手いとは言えない結心の絵を見て彼女は笑う。
その顔を見て結心は「とりあえず笑っときゃ いいことあるぞ」と「結心論(ゆうしんろん)」を伝授する。
それでも、よく言えば 大らかな結心との違いに、ひより は上手く話せない。
ストレスは頂点に達し、彼女は教室から逃亡する。
自分に非があることを知った結心は、ひより を迎えに行く。
そこで ひより は「ケガなんて とっくに治ってた」のに
「時間が経てば経つほど教室に入るのが怖くなった」と自分の弱さを吐露する。
恐怖で身のすくむ ひより に対して、結心は彼の目線から助言をする。
それは文字通りの上から目線ではなく、世界を広く見るための心の持ちようであった。
こうして ひより は自分が壁をつくっていたことを知る。
「知らないから怖い」という壁を取り払ったら、人を知る喜びを知った。
そして その人を知りたい、近づきたいという気持ちは、その人を好きだという気持ちでもある。
結心に近づきたいという気持ちは、ひより と 彼女の苦手な学校を結ぶもの。
そのことに律花は安心感を覚える。
これまでとは違う学校生活が ひより の前には広がっている。
だが、恋をしたからこそ ひより は結心と上手くコミュニケーションが取れない。
緊張から彼からの言動に逃げ出してしまうばかり。
そんな時に訪れるのがクリスマス回。
結心を中心に、クラスメイトがクリスマスパーティーの開催をするという。
彼が動き出すと学校中の人が集まる。
クラスや学年関係なく、パーティーへの参加者は増え続け、
その準備の段階から色んな人が教室に出入りするようになる。
企画や準備を通して、律花以外の新しいクラスメイト・夏輝(なつき)とも会話をする。
実はこれ、クリスマス会ではなく ひより の歓迎会。
ここでも結心が ひより に見たことのない景色を見せてくれた。
ひより が結心に抱え上げられ目線が同じになる、という実際的な面だけではなく、
これが結心の見ている世界の輝きであるという表現方法が素晴らしいですね。
そして周囲に優しい人たちがいて、そこで自分が物語の主役になる。
誰もが自分の恋を応援してくれる恵まれた環境で、少女漫画読者の心も満たされる話である。
そりゃあ、人気も出るってもんですよ。
だが、作者はヒロインを甘やかすばかりではない。
ひより の心が満たされたところに登場するのが、結心に最も近い女性・富永 妃(とみなが きさき)。
結心の彼女として噂される、名門女子校に首席入学したという女性。
実際の関係は、結心いわく「幼なじみ」だという。
「親どうし仲良くて家もとなり 保育園幼稚園小中学校ずーーーーっと一緒」。
だが、そこには ひより が絶対に立ち入れない関係性が存在する。
頭の良さでは ひより も勝てないまでも完敗はしない。
休学の影響で、成績の芳しくない生徒が集う冬休み中の補習への出席が義務付けられたが、
本来、彼女は真面目で頭も良いらしい。
その証拠に、唯一 ひより だけが、時間内に5教科分の課題をこなした。
そこからは ひより が先生として頼られ、ファミレスで ひより先生の授業が開催される。
ひより は学校帰りのファミレスも初めて、そして この時は幼なじみの律花は部活で不在。
こうして ひより は この1月余りで築いた人間関係の中だけに放り出される。
ここは彼女の成長の見せ所であろう。
だが そこに現れたのが妃。
目立つ結心がファミレスに入っていく所を目撃し、自分も追ってきたという。
意地悪な言い方をすれば、結心の社会にグイグイと勝手に入ってきた。
彼女面しているし、ひより に対してもライバル心を隠さない。
それは妃が真剣に結心を好きで、そのための努力を怠らなかった故の自信であろう。
一方で ひより は妃の圧倒的存在感に敗北感を感じる。
170cm以上ある妃の身長も、結心と並べば お似合いの身長差となる。
視覚的に他を圧倒していたから、目立っていた、と中学校の同級生の夏輝は語る。
その夏輝情報だと、結心は中学の時に「けっこー告られた」みたいだが「結局 誰とも付き合わなかった」という。
それは彼の心にずっと妃がいるからなのか…⁉
ひより は、その2人のビジュアルだけでなく、妃の前で見せる結心の特別な表情に気づく。
更には ひより の お株を奪うように妃が教師役を買って出る。
ひより は恋を知ったばかりだが、それによって初めて自分の惨めさを知る。
物語が ずっと甘いばかりじゃないのが良いですね。
ひより も妃に負けない努力が必要なのだ。
その帰り道、結心は ひより のことを駅まで送る。
この日は自分の小ささを人一倍気にする ひより に対して、
結心は「オレら すげー イケてんじゃん 目立つし」と声を掛けてくれる。。
高身長カップルも目立つが、身長差カップルも大きな特徴なのである。
これも物の見方は色々で、その視点の移動だけで短所も長所のように感じられる。
ひより は妃の存在もあって、前へ一歩進もうとする。
結心に仲良くなりたいという気持ちを伝え、その結果 結心とメアド交換をする。
恋の成就のためなら、愛されヒロインのままではいられない。
こうやって自分から動き出した者に結果はついてくる。
そして新学期。
結心に会えることを楽しみに、これまでとは違う心持ちで登校する ひより。
遅れて登校してきた結心は、そのお腹から猫を取り出す。
この時、ひより が、猫ではなく、めくられた結心の服から出てきた おへそ周辺に注目するのが面白い。
身長差があると、見える部分も違うのだろう。
普通の腹チラよりも何だか淫靡な感じがする。
妃との関係の噂が出回り、「みんなの結心」が崩壊して女子生徒たちは悲しむ。
ひより は自分も結心との関係は前に進んでいると思ったが、
実は それは女子生徒の誰もが立っているラインに自分が立っただけであった。
この一進一退の心理の描写が上手いですね。
自分にとっての最大の勇気も飽くまでスタートライン。
その他大勢から抜け出せたわけではないのだ。
更には、律花がいない教室では、ひより は独りで お弁当を食べるしかないという状況で孤独感も描かれる。
3学期になり、このクラスでいる時間は少なくなり、結心の隣という特権も奪われるかもしれない焦燥感も生まれ、
彼に近づきたいと願うほどに、結心との距離を感じるだけであった。
そんな ひより の心境と現実の認識で『1巻』は終わる。
恋のハードルは高い。
けど その分、ここから どう近づいていくのか楽しみで仕方がない。
そして本書は おまけ漫画が充実している。
まぁ商業主義的に言えば、出版社側は本編の掲載数を少なくして、
出来るだけ早いサイクルで1冊の本にしたいのかな、なんて思うけど。
でも宣伝広告や文字だけの あとがき じゃなくて、描きおろしでページを充実させてくれるは嬉しい限り。