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少女漫画と小説の感想ブログです

夏スイカ 秋は柿にて 仲直り 冬に渡せぬ フルーツサンド (暁)

椿町ロンリープラネット 9 (マーガレットコミックスDIGITAL)
やまもり 三香(やまもり みか)
椿町ロンリープラネット(つばきちょうロンリープラネット
第09巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

療養中の悟郎に代わり、暁の担当になった女性編集者・畝田。誠実でまっすぐな畝田と暁がお似合いに見えてしまうふみは、ひそかに焦りと不安を覚えるように。畝田と暁がふたりきりで京都へ取材旅行に行くと聞いたふみは――?

簡潔完結感想文

  • 男性の家から 別の男性の待つ家に帰宅したら、見知らぬ女性と鉢合わせ!
  • 仲が険悪になった理由はフルーツサンドがフルーツでなくスイーツだから⁉
  • 長期休みは家出の合図。実は別居の危機漫画⁉ 春休みの到来が今から怖い。

(おおやけ)にできないことで 大やけどをする 9巻。

『5巻』の夏休みに続いて、学校が長期休みになると家出する少女、という法則が発見された『9巻』。
これはもしかしたら、長期休みぐらい ふみを学業と家事から解放してやろうという
作者の粋な采配なのかもしれない。
んなワケないか。
家を飛び出した ふみ は決して幸せではないもの。
まぁ、逆に言えば今回も冬休み中に仲直りできるという安心材料でもありますが。

『9巻』は妻(仮)が家を飛び出すまでの、
夫(仮)への小さな不満が蓄積していく様子が描かれている、ようにも読める。

『8巻』では、妻こと主人公の ふみ の無防備・無配慮を糾弾したが、
今回は夫こと木曳野(きびきの)のガードの緩さが気になるところ。

互いに初交際のような2人ですから、
交際中における異性との距離感やマナーが分からないのだろう。

彼の方が彼女一筋で、この人しかいないと裏切るようなことをしなくても、
実は相手を悲しませるようなことになってしまう実例が学べる。

こうやって相手の地雷がどこにあるのかを身をもって学ぶのも交際における過程の一つだろう。
「いつまでも幸せに暮らしたとさ」というエンディングに向かって、
交際開始直後だが すれ違いを経験させておくのだろう。

ヒロインの恋のライバルは、まるで かつての自分。
相手が抱く純粋な恋心に対して、それを妬ましく思う自分は黒く汚れている。
これまで自分と他者と比べたりしなかったから無敵だったヒロインが、自分自身と向き合う話でもある。

これもまた一つの通過儀礼
また少し大人になり、そして よりよい関係を築くために必要な流れである。
もう少しすれば再び この町は温かくなることを信じて、寒くて暗い冬の雨の日を乗り越えましょう…。


酌で酔った先生に「行かんでいい」と言われたのに、
悟郎の家に行った帰り、ふみ は木曳野の家に来訪者がいることを知る。

それが木曳野の臨時担当者・畝田(うねだ・女性)。

彼女は過去の ふみ の姿。
彼女もまた、無骨だけど優しい先生の人柄に惹かれていく。
畝田が先生に「ばかめ」と言われることすら、ふみ は妬ましく思ってしまう。

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いつも恋愛事件が起きる聖域・台所に初めて女性が足を踏み入れる。ふみ の存在理由に危機到来。

彼女は今の ふみが決してなれない、仕事上のパートナーになる立場と実力を既に備えている。
そして一般的に言えば、年齢も彼女の方が先生と釣り合う。
ふみ は人生で初めて自分が若いことを歯がゆく思ったのではないか。

それが焦燥感に繋がる。
これは先生に好意を抱いていた書店員・桂(かつら)が かつて覚えた焦りそのものではないか。
あの頃は先生にとって新参者であった自分が、今度は新キャラに追われる立場になった。
そして女性が焦ると自滅するのは本書のパターンと言える。
ふみ は嫉妬から先生に対して強い言葉で対応してしまう。

この畝田という女性の造形は、とても ふみ に似せられている。
これは作品や木曳野にとって、ふみ こそが最強キャラだという証拠でもある。
マイペースで無敵の ふみを焦らせるためには、彼女の敵になれない人を送り込む必要があった。
そのための自分の分身のような設定なのではないか。

少年漫画だと よくありますよね、自分の影から出てくる もう一人の自分と闘う展開。
今回は、それの現実的 少女漫画バージョンなのではないか。

人としては畝田に好感を持つが、木曳野に近づく異性としては警戒せざるを得ない。
ふみ は ただの独占欲で不安になる自分が つくづく嫌になる。

自分の影を打ち破った時、それは確かに成長した時である。


田が打ち合わせで自宅に来るのも、悩みの種だろう。

これは本来の担当者・悟郎(ごろう)もしていたことで、仕事としては当然のことだが、
やはり男女であり、周囲に第三者がいないこと、密室であること、距離の近さが彼女としては気になるところ。

先生も先生で、ふみ に気を回すためにも、社会的な信用のためにも、喫茶店なりで公明正大に会うべきなのだ。
まぁ 中学生以下の恋愛レベルの先生に そんな高度な気配りが出来るはずもない。
仕事を遂行する能力さえあれば、担当者の性別は彼にとって問題ないのだろう。

そうやって自宅を仕事場と兼用するから、
裸で徘徊する先生を、畝田に見せてしまうことになる。
その恥ずかしがり方から、ふみ は彼女の木曳野に対する想いを察知する。


学校で友人・洋(よう)ちゃんと学園の王子・永人(えいと)に相談すると彼らも畝田の危険性に共感する。
ここで「何なら僕が惚れさせに行こうか?」という真面目に言う永人に笑う。
どうせなら 永人の魔性と木曳野の魔力、どちらが強いか見てみたかったなぁ。

ただ、6人兄弟らしい畝田に同じ年頃の弟がいたら、効かない気もするなぁ。
そもそも もう木曳野に恋をしているだろうから遅いだろうし。
(実際、洋ちゃんも ふみ も別の男性を意識しているから永人と一緒でも平常心を保てている)


んな中で計画される木曳野の京都旅行。
木曳野作品が原作となるドラマ化の撮影見学と取材をするための5日程の旅行となる。

それを聞いていた ふみ は思わず同行を申し出る。
先生は ふみ を連れて行く算段を付けようとするが、畝田がやんわりと拒絶。
それに対する木曳野は自分たちの関係を口外することが出来ないため、畝田に強く言い返すことが出来なかった。

これによって男女2人の京都旅行が決定される。
ここもまた過去の自分とダブるところである。
とんびに油揚げをさらわれる。
これはかつて自分が桂に味あわせたことを時間差で ふみが味わっているということなのだろうか。


今回も ふみが荷造りをしたであろう鞄を持って京都に向かう木曳野。
ふみ の異変・意気消沈を察した木曳野が、一度玄関を出てから ふみ に しっかりと別れを告げる。
下げて上げる胸キュンが本当に お上手。

しかし ここで問題なのが、ふみ との恋愛を通して、木曳野に社会性や人間性が生まれてしまったこと。
ふみ に対する気遣いだけでなく、他者に対しても それが出来てしまう。

人としての常識や気遣いを身につけたから、
畝田に対してもフォローはするし、本来の彼の優しさが自然と出る場面がある。

これまでなら叱責時の「バカか お前は」という強い言葉に女性側が少なからず傷つくままだったが、
生まれ変わった先生は その後に「お前の熱意は伝わった だから もう無理はするな」と
下げて上げる胸キュン構文を自然に使いこなしている。

天然ジゴロに磨きがかかっている。
競争率の高い人との交際は そこに幸せを感じても、その後に同じぐらい不安が胸に去来するらしい。

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木曳野の「ばか」は女性をキュンとさせる魔法の響きを持つ。決してSとかMとかの問題ではない、はず。

生が旅行に行ってしまい、1人で木曳野家を守る ふみ。
そういえば ふみが この家で1人で暮らすのは初めてですかね。

『5巻』で ふみが家を出て、木曳野が1人暮らしに戻った時が3日ほどありましたけど。
今度は1人で食事をする味気なさを痛感するのは ふみ の番となる。

そんな木曳野の留守を狙って、ふみ を呼び出すのは悟郎。
右手に包帯は巻かれているものの体調も万全だと思われるが、ふみ に家事を依頼する。

これは ふみ を元気づけようとする悟郎なりの気遣いなのか、それとも…、というのが不明瞭なところ。
どちらとも言える。
公私混同、恋の応援団と当て馬を同時に こなしている。
そうやって自分の逃げ道を用意しているのだろう。

インドカレーでふみを幸せにして、元気を出させようとするところを見ると気遣いの配合が高そうだが、
「一緒にいて たくさん幸せを感じることができるんだよね ふみちゃんは」という台詞を聞くと、
やはり口説きにかかっているようにも見える。

帰路での妙な雰囲気もそのせいだろう。
守銭奴である ふみ には仕事として家事を依頼して、金銭を授受すれば、
簡単に彼女の行動を意のままに操れる、という打算が働いてないだろうか。
色々とズルい人である。


郎と半日を過ごし、家に帰ると先生とのLINEに数々の写真が送られてくる。
これは自分が見てきたものを共有したいという木曳野の乙女心か(笑)
2人だけのSNSで、彼女に今日の自分を見せることで自己承認欲求を満たそうとしているのか。

離れていても、常に木曳野の心の中には ふみがいる。
だって畝田から「彼女」用に薦められたフルーツサンドも、どうにか ふみ に買って行こうとしてるし。
もしかしたらフルーツ好き疑惑のある木曳野が食したかっただけかもしれないが…。

ただ、このフルーツサンドは ふみ の手に渡らない。
それが今回の喧嘩を長引かせた原因だったかもしれない。
フルーツサンドなどといった果物とスイーツの間の中途半端な立ち位置の物を渡すからいけない。
やっぱり冬なら いちご か みかん を渡すべきだったのでは?


そして互いに「今日」を送り合う写真の中にも、それぞれに異性が写り込んでいる。
どうしても それを気にしてしまうのが、純愛カップル。

我慢できずに先生は ふみ に電話を入れるが、
嫉妬のこもった言葉は相手の神経を逆なで するだけ。

そのことを引きずる先生は、翌日 東京に帰ると言い出す。
大先生は、ご機嫌斜め。
先生の大好きな場所を巡る予定だっただろうに、それを破棄する。
それだけ大事な人が東京に いるということだ。

京都旅行は5日ほどの予定。
それを最終日を待たずして帰ってきたみたいだから4日間の別離なのかな?
これまでの最長別居記録は夏休み中の3日間。

なのに また別居の危機が訪れる…⁉


えないことが、2人の間に小さな亀裂を生んだ。

1つは木曳野が ふみ と交際している事実を畝田に言えないこと。
交際の事実を最初に伝えていれば、畝田は大人しく引き下がっただろう。
きっと彼女は そういう配慮や遠慮の出来る人だもの。
畝田が ふみ にしてくれることは100%善意だが、
だからこそ 知らぬ間に ふみ を見えない刃で傷つけることもある。

もう1つに、お互い相手に好意を持つ同性の存在がある。
けれど それは同性間の秘密で、自分から恋人に言うことではないので秘匿するしかなかった。

だから畝田の明確な好意を ふみ が知っても、ふみ はそれを木曳野に伝えることはしない。
先生に惹かれているという畝田の言葉を聞いてからというもの、ふみ の周囲で警報が鳴り響いているのに。

ふみ の中では明確な事実なのに、
木曳野の中で、ふみ の不安は杞憂としか考えられない。
この齟齬が ふみ には歯がゆく、先生の行動を制限できなくて苦しい。

やはり、ふみ も木曳野も無防備なんですよね。
彼ら、というか本書のほとんどの人は、自分の魅力に溺れてないところが魅力だと思う。
けれど その無防備さが、自分も大事な人たちを傷つける。
悪い人は誰もいない。
自分の不足を痛感して 成長するのが、この騒動の最終的なゴールだろうか。