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少女漫画と小説の感想ブログです

天から授かった神性を失って 初めて 私たちは人の温かさに包まれた。

悪魔とラブソング 10 (マーガレットコミックスDIGITAL)
桃森 ミヨシ(とうもり みよし)
悪魔とラブソング(あくまとらぶそんぐ)
第10巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★☆(5点)
 

コンサートの日の事件が原因で、ケンカをする目黒とマリア。言い合いで自分を責めるマリアは幻覚に苦しみます。一方、目黒はマリアへの想いを再確認し…。2人の真っすぐな気持ちがたどりつく先は…? 必見の10巻!!

簡潔完結感想文

  • もう一人の自分。忘れていたかった過去の自分が見え始めるマリア。
  • 本当の自分。感情の内圧が限界に達し暴発する目黒。この傷は戒め。
  • 傷だらけの2人。自分の大事なものを失って大事なものを初めて掴む。

悪の知らせと最高の知らせ、どっちも聞けよ、の 10巻。

少女漫画史上、こんなにも苦しい両想いシーンはあっただろうか。
幸せなのに、全く幸せじゃなくて、
嬉しいのに寂しくて、互いに身を寄せ合うしかない境遇。

過度な演出と思う向きもあるが、
こんな相反する想いに溢れたシーンに到達するとは思わなかった。

時に誰かを傷つけてしまい落ち込んでも、
その中で こう在りたいと願う自分の像を模索して、
そうなれるように常に前に進む、そんな序盤から通底していたことが結実したように思う。

ただし恋愛のクライマックスを迎えても、物語のクライマックスは まだ先。
今後は待ち受ける試練に独りではなく2人、
いや これまで出会ってきた優しい人たちと立ち向かうのだろうか。

ここにきて神田(かんだ)以外の人物たちにも存在意義が出てきて(『10巻』だが…)、
「申し子」たちとの関係も好ましく思えてきた。

少なくとも もう一波乱ありそうな物語。最後まで見届けます。


ラウマさえなければ、ただの少女漫画定番のすれ違いである。

主人公のマリアは目黒(めぐろ)のことを、
目黒はマリアのことが好きなのに、なかなか進展しない2人。

そんな中、彼女のために奮闘したピアノの発表会(という規模ではないが…)に、
彼女は現れず、しかも他の男と抱擁しているシーンを見てしまう。

そこから距離が出来てしまった2人だが、
文化祭イベントを通して、もう一度 心を通わせていこうと努める。


そこで彼は、ピアノの演奏の際と同じく、再び自分にミッションを課す。

前はマリアを喜ばせるためにコンサートの出演を目標に練習に励んだが、
今回は嘘のない関係を構築するために、「文化祭までにあいつを必ず抱きしめる」とする。

どこに向かってるかすら分からなかった あんな編に比べて、
目黒の活躍は短期目標が設定されていて分かりやすい。

ただ、それらが全て短絡的に思えるのが玉に瑕。
それだけ目黒の我慢は長期間に及んで限界を迎えていたんでしょう。

でもトラウマという ややこしいマリアの事情に配慮しないで、
力任せに関係を築こうとしているように見えてしまう。

その予想は、予想以上に悪い方向に当たってしまう…。


黒須(くろす)は そんな決意をもって学校に来ている目黒の邪魔ばかりする。
以前も下駄箱で声を掛けようとしたマリアを邪魔していた(『8巻』)。

そういえば、その時、黒須は自分の好意には気づいていなかった。
今回のラストの場面といい、彼は何か他の目的がありそうである。
そうなって欲しくはないが、マリアに、2人に試練が訪れるんだろうなぁ…。


黒のコンサートでの成功は一気に留学の話にまで飛ぶ。
コンクールではなく、コンサートで1曲成功したからといって
留学構想までする目黒の父は親バカなのだろうか。
まぁ、世界的指揮者の彼が太鼓判を押したとも言えるが…。

目黒が遠くに行ってしまう恐れを彼の前で口にするマリア。

そんな彼女を目黒は後ろから抱きしめ「どこにもいかねえよ」と答え、
どれだけマリアに価値があるのかを懇々と囁く。

この場面も切ない。
彼女を守ろうと、気持ちを落ち着かせようと発する言葉・行動が全て、
幼少の頃の不幸と重なってしまう。

「ネガティブ変換」、これが この後の2人の思考を支配していく。
「かけがえのない存在」と言われれば、トラウマの亡霊は「ほんとはいらない子」と変換する。

亡霊に支配され理性を失いかけるマリアを目黒は全身全霊で押し止める。
だが、その行動で理性を失ったのは目黒。

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愛の囁きはトラウマ発動のタブーだった。相手の事情より自分の欲望を優先させた男の末路は…。

目黒が言葉と腕に力を込めれば込めるほど、
腕の中にいるマリアは取り乱す。
マリアの拒絶は絶叫になり、そして物理的な防衛システムが発動する。


ぁ、目黒…。
実は黒須のように、マリアが許容するスキンシップの程度を
見極めるのが正解だったのではないか。

目黒のような、むっつりスケベは機会を逃さないように暴走してしまう。

『9巻』の俊矢(としや)といい、
ネクラの人が頭に血が上ると極端な行動に走ってしまうのだろう。

ただ2人の行動は相似を成すが、マリアに対してしたかったことは逆。

俊矢はマリアの才能に嫉妬し、彼女の命さえ奪おうとした。
けれど目黒は彼女を救いたかっただけ。

しかし その途中で彼は舞い上がってしまった。

路上で歌ったことで不幸を招いたマリアといい、
幸福や興奮で舞い上がると失敗するのは本書の既定路線らしい。
自分より相手のことを優先的に考えなかった時に罰は発動する。


の一連の出来事は多くの不幸を呼ぶ。
更には気質がネガティブな2人だから、
お互いの姿を見る度に自分だけを責めてしまう。
一番好きな人を傷つけてしまった事実が重くのしかかる。


この事件でマリアは多くのものを失う。
1つは安眠。

目黒の全ての言動がトラウマ解放の鍵となり過去の全てを思い出す。
思い出すのは、幼少期から持っていた他人の隠している本心を見抜く能力。

十塚(とつか)高校転入時よりも、時と場合を選ばず発動する能力。

本当のことだけが美しいのではなく、
時に本当のことが人を苛み、汚していく。

マリアはその宿命と共に生きてるらしい。

あんな編でマリアに成長が見られなかったのも、
トラウマを克服できていないから、
幼少期と同じことを繰り返しただけなのかもしれない。


2つ目が声。
精神的な問題が「失声症」となって現れた。

ここでマリアが声を失うのは、
後述する通り、神からの贈り物=才能の喪失だろう。

だけど声を失ったのは あんな に続いて2人目だ。
非常にショッキングな場面なんだけど、またか という気もする。
この展開を用意しているんなら、あんな の設定をどうにか改変できなかったのか。

ちなみに声を失ったマリアが あんな同様に筆談をしないのは、
筆談すると彼女を思い出すなどの理由からだろうか。
周囲の人々も あんな の経験によって筆談になれていると思うが。


しかし、声を失えば余計なことを言わなくていい。
もう だれも傷付けることはない。

マリアにとって、口は災いのもと、沈黙は金なのかもしれない。

だからこそ、どん底のこの状況だが、
マリアが今いちばん欲しい言葉を目黒から貰える。

等価交換というには2人とも余りにも辛い現実だけど…。


黒の手の傷は治療中。
これもまた「聖痕」なのだろうか。
だとしたら左手も⁉

目黒にしてみれば自業自得の傷でしかない。
傷が痛むたびに、あの時、視界が欲望でいっぱいになった自分を思い出すだろう。

結局、口先だけの男だったということを嫌というほど思い知らされた。
そして、一番守ろうとした人を、最悪の形で傷つけた。

だからお互い、相手の失ったものを見る度に自分を罰する。
2人とも人の愛し方が過剰で ねっとりしてるから余計に罪を重く感じそう。

自分の軽率な暴走で彼女から日常を奪ってしまった彼。
自分の過去の言動のせいで彼から無限の音を奪ってしまった彼女。


今回、マリアは声を、目黒は自由に動く手を失った。
これは天から与えられた才能を、人を嫉妬に導くものが消失したということだろうか。

これで2人は ただの人間になって、普通の幸せが手に入るのか。
いや、相手を大事にする2人だから、
相手から大切なモノを奪った罪の意識は残り続けるだろう。
関係性が変化した彼らが これから どう互いを想い合うのかが楽しみだ。


化祭のクラス内の様子は とても感動的だった。

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足りないものは補い合う。完璧な人間はいないけど、集まれば美しい輪になる。

目黒の動かせない右手はマリアが代わり、
マリアの出せない声の代わりは、クラスメイト達が補う。

マリアが訳した日本語詞と相まって
世界の繋がり・輪を感じさせる印象的な場面となりました。

作品的には ここぞという時は歌って盛り上がりを作れ、という感じもしなくもないですが。


また文化祭やマリアの一大事に存在感を見せたのは、
「申し子」の1人、甲坂 友世(こうさか ともよ)。

文化祭の準備では甲坂も、
自分の得意分野を活かしてクラスメイトと対等な人間関係を築いていることが分かる。
マリアと一緒にいることは多いが、それ以外の見せ場が無かった甲坂。
ここは順調な彼女の生活にホッと胸をなでおろす場面である。


そしてマリアの一大事には、甲坂にしか出来ないマリアへの共感を見せる。
これは序盤の彼女の苦境が活きる場面となりました。

こういう艱難辛苦を積み重ねた経験が描かれると嬉しいですね。
作品の中で、作者の中で、彼女が成長していることが分かる。

マリアは成長しているようで していない(トラウマも原因)から、
あんまり物語の厚みを出せないキャラなんですよね。