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先走り男 vs. 先回り男。2つのSが大切なモノを守るために史上最大の「いじわる」を決行。

ココロ・ボタン(10) (フラワーコミックス)
宇佐美 真紀(うさみ まき)
ココロ・ボタン
第10巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★☆(7点)
 

新奈と古閑くんが正式につきあいはじめて1周年。ドSな彼に振り回されながらもラブラブな二人。テストが終わって、年末年始は古閑くんの誕生日にクリスマス、お正月…と、楽しいイベントが盛りだくさん。受験勉強ですべては難しいけど、クリスマスイブだけは盛大にやろうと言ってくれて、二人は遊園地のイルミネーションデートへ。一方、新奈のことでもやもやしていた速水くんは、環ちゃんとイルミネーションナイトへ行くことになり…!?イブの夜、遊園地で何かが起きる!

簡潔完結感想文

  • 聖夜の秘密。聖夜にイルミネーションの中で私を強く抱きしめてくれたのは、彼ではない男で…⁉
  • 史上最大の先回り。誰の心にも遺恨を残さない先回り発動。いや、オレはオレの汚い心を忘れない…。
  • 季節は巡る。家のリフォーム完了。春休みは長期休暇恒例の会えない日々。高校生活もあと1年。

品史上 最大の「先回りのS」が発揮される 10巻。

主人公・新奈(にいな)の彼氏・古閑(こが)くん は、賢いが故に人より思考を先んじる。
彼はこの能力を主に彼女を「いじめる」ことに使う。

彼女がデートをしたいと思っていることを先回りして察知しながら、
「その日は予定が埋まっている」などと嘘を言って、一度、彼女の気持ちを奈落の底に突き落とす。

だが、その後で「ごめん。いじわる しすぎた」などと言って、
結局、彼女の要望に応えるから、彼女は地獄から天国へと勝手に昇天する。

性質(たち)が悪い。
ならば、最初からデートの約束をすればいいし、
「俺もデートしたかった!」と言えば、彼女は最短で最大の幸福だけが得られる。

だが、古閑くん はそれをしない。
それでは、自分の最大の幸福が得られないから。
古閑くんは、落ち込む彼女の顔を見たいのだ。
感情を、その表情の中に100%表す、彼女が好きなのだ。

それに、女性ってサプライズ好きでしょ☆


かし『10巻』で決行される、古閑くんの史上最大の「いじわる」は、
落ち込む新奈に、もう一度 心から笑ってもらえる日が来ることを願って計画される。

自分と彼女の手から零れ落ちそうなモノを、
どうにか その手の中に収めていられるように、優秀な頭脳をフル回転させる。

古閑くんにとっても大事な人たちを悲しませないように。
そして彼女を、落ち込ませることも 笑顔にすることも自分の特権だと示すように。
ちょっと傲慢なんです、ウチのヒーローは…。


新奈を困惑させ、落ち込ませたもの。
それが古閑くんの友人・速水(はやみ)の新奈への突然の抱擁。

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抱きついたのは一瞬の気の迷い。だけど抱きしめたい気持ちは もうずっと前からオレの心にあったんだ。

イルミネーションに囲まれたムード満点の場所で、
しかもクリスマスイヴに真剣な表情で自分を抱きしめる速水に、
いかに鈍感な新奈も、ある一つの想像を巡らせることになる。

だがそれは、自分と速水、速水と古閑くん、
それぞれの関係に徹底的な亀裂を生むものであった。

自分の胸にしまい、独力で問題に取り組み、
解決策を講じなければならないが、今は ただただ混乱する新奈。

だが、そんな時に発揮されるのが古閑くんの「先回りのS」の能力。

それまで勘づいていた速水に生まれいずる気持ちと速水の後ろ姿、
そして思ったことを常に口に出すような単純明快な新奈が、
自分には話せないことがあることを察した古閑くんは、
その場で起こったことを推測し、問い詰めることなく新奈と別れる…。


書は全体を通して、「言わない」美学があると思う。

言わないことの一つとして挙げられるのが、古閑くんの新奈への直接的な好意。
古閑くんは、これまで新奈に「好き」だとも「愛している」とも言ってない、はず。

今となっては言わなくても古閑くんの言動の端々から、
彼がどんなに新奈を好ましく思っているかは、もう十分伝わってくるが。

一度だけ新奈だけに聞こえた言葉として、『8巻』の花火大会の日に、
「…だよ」「え? 今……『好きだよ』って 言った?」
という場面があるが、文字上では現れてないし、新奈の妄想から生まれた幻聴かもしれない(笑)


男性側からの好意を言語化しないのは、速水の場合も同じ。

彼がしたことと言えば新奈を力強く抱きしめただけ。
そこに言葉はなかった。
これは後の伏線でもあるだろう。

新奈の心の中でも、速水から自分への気持ちに「好き」という言葉は使われない。
飽くまで否定できない可能性の一つとして彼女を悩ませるだけ。

そして新奈と速水の間に起きたことを おおかた予測している古閑くんも、
新奈を直接 問い詰めることなく、
「大丈夫 話さなくていいから」「新奈が不安に思っているようなことは 起こさせない」
と、全てのことを「先回り」して、事後処理にあたることを宣言する。


私はこの「言わない美学」も、静かな修羅場も好きですね。

乾燥した冬の空気に静電気が走るような一触即発の関係性に陥る3人。
だが、古閑くんは その頭脳をもって、蓄電された電気を放電する方法を考える。

古閑くんの「先回り」以外で、このことを穏便に済ませられるとは考えられない。
このための能力と「いじわる」だったんだ、と勝手に感心している。

表面上は静かだが、やはり本書最大のクライマックスだと思います。


性の失恋と言ったら海。

大自然を前にすると、人は素直になるようで、
これまで秘められていた速水の恋が解放される。
同性間では「好き」という言葉を使っていますね。

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速水が新奈と会った頃から「先回り」していた古閑くんの未来予測。恋に落ちた犯人が完落ちした瞬間。

古閑くんは、自分も含め3人まとめて救いたかったんだろう。
男同士の友情は、辛うじて維持できるかもしれない(速水 次第だが)。

だが、新奈を速水が苦しめている状況は、
「いじわる」が専売特許の古閑くんには許せない状況。
だから「一生モンのウソ」で、事実を改変することを提案する。


23時にケータイをスマホに変えたこと、帰ったらメールしてと連絡した新奈に、
古閑くんからの返信は翌日の朝7時半。
彼らは一晩中、海で語っていたのだろうか。
何年経っても思い出す自分たちの青春なんだろうなぁ。


奈へのサプライズの内容は、少しだけ ご都合主義か。

だけど これまでの9巻分が、新奈がどれだけ単純で簡単に騙せるかを描いている
壮大な伏線だと思えば、納得できる範囲である。

そんな新奈お姫さま の精神状態を守るために、
男性たちが それぞれに苦い思いを抱えて生きることになる。

そして古閑くんの苦さは ちょっと特別。

「結局オレは自分のことしか考えてないのかも」と古閑くんが目を伏せるのはなぜだろう。

もしかしたら このウソは、速水という脅威の芽を摘むためだったと、
速水の先走った行動に便乗した、自分の穢れた心を思い知ったのか。
それは思い遣りに見せかけた、自己本位な考え方。

人の心を利用する傲慢さへの嫌悪感が生まれたのかも。

ただ新奈が嬉しいと喜んでくれたことは古閑くんにとって大きな救いだろう。
一度 地獄に堕ちた彼の心を天国に昇天させるのは新奈だったのだ。

ココロ・ボタン 10 (Betsucomiフラワーコミックス)

ココロ・ボタン 10 (Betsucomiフラワーコミックス)