やまもり 三香(やまもり みか)
ひるなかの流星(ひるなかのりゅうせい)
第11巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
獅子尾からの突然の告白に戸惑うすずめは、その言葉を信じず、馬村との距離を縮めようとします。運動会になり、リレーで直接対決をすることになった獅子尾と馬村。すずめが応援するのは──どっち?
【収録作品】やすおの物語/日々流星
簡潔完結感想文
- 獅子尾の再告白。これで恋愛イベントが全て終了。ここからは本当に すずめ自身の物語。
- 運動会。恋の最終コーナーを回った2人。自力での勝者は馬村。でも選ぶのは すずめで…。
- 彼女として彼氏に最初のお願い。多少の恋愛経験値を積んだことで間違えない勇気を持てた。
正々堂々、スポーツマンシップに則り闘うことを誓う 11巻。
『10巻』の終盤からの獅子尾(ししお)の再アタック。
初読の時は、えっ、ここにきて お話をリセットする⁉
馬村(まむら)と上手くいかないフラグは全部このため?
と、いささか強引な展開に落胆したものですが、
再読して、私なりに物語を再構成すると違うものが見えてきた気がします。
作者は思いつきで物語をリセットしたわけでも、
迷走の末や、引き延ばしのために この展開を用意したのでは決してない、はず。
いわば『10巻』までは物語における前提だと思う。
『10巻』の感想文でも長々と書きましたが、
本書は、主人公・すずめ に2人の素敵な男性と一通り経験してもらうことが最初の目的だったはず。
その2つの恋愛経験を踏まえて、すずめがどちらを選ぶか、というのが物語の本旨だろう。
初恋だった年上の男性との流されるだけではなく、
比較検討できる2つ目の恋愛も用意するのは、作者が すずめの本当の幸福を追求すればこその展開だ。
恋をするのは簡単で、愛されるのも容易かもしれない。
ただ、自分がどんな人を、どんな風に愛したいのか、それが問題なのである。
最終的には すずめ の主体的な恋愛を恋愛を描きたいのではないか。
さて、ここにきて獅子尾が「好き」という言葉を使って告白。
遅すぎるぞ、邪魔者め、など数々の罵声が獅子尾にぶつけられていると思いますが、
この場面で、この言葉を初めて使うことが獅子尾に課せられた役割なんです。
制約上、1年生の時の交際中には絶対に言えなかった言葉。
なぜなら、そうすると馬村との対比のないままに物語は終わってしまってしまうから。
素敵な男性2人を全く対等に配置しながら、
ここまで話を続けるためには仕方なかったのです。
ある意味で先生も物語の犠牲者なんです。
馬村が、獅子尾という交際相手がいる時には、その気持ちを抑えていたように、
ここ数巻は先生も気持ちを抑えなくてはならなかったし、
抑えることで我慢が出来るものではないと思い知ったし、
すずめ への気持ちを自分のプライドよりも優先させることが出来たのです。
しかし、獅子尾の言葉は すずめ の胸まで届かない。
すずめ は獅子尾の言葉を否定し、獅子尾の説明を拒否する。
それも当然。
一度 自分をフッた相手がまた好意を見せても簡単には信じられない。
それもこれも、自分の葛藤や弱さを隠したまま、
一方的に すずめ との恋愛を断ち切るように終わらせた獅子尾が悪い。
この仕打ちは獅子尾が受けて当然の罰のように思う。
ただ、それもこれも獅子尾が すずめ(の未来)を思ってこそなんですが…。
先生との一件を胸に秘めたまま、続く馬村との交際。
しかし馬村は、何も言っていないはずなのに すずめ の異変を察知する。
デコピンや「ばか」と罵倒しながらも、すずめ を気遣う馬村。
そんな彼の優しさに触れて すずめは馬村に寄りかかる。
「私をはなさないでね」と呟きながら…。
これは獅子尾が元カノと完全に別れた時も、すずめ と同じような態勢してましたね(『4巻』)
これも五分五分の勝負でしょうか。
揺れる心を「もとの位置に もどしてくれる」効果があるのかもしれません。
そんな中、迎えた運動会当日。
リレーに参加する馬村のために作った はちまき を渡せないままの すずめ。
すずめ は心を込めた手作りの物を渡せない病気ですかね。
心のこもっていないオロナミンCは パッと渡せるのに。
獅子尾への おにぎり といい 馬村への はちまき といい。
彼女が恥ずかしさをおして、素直に気持ちを告げる時、何かが変わるかもしれない。
馬村は自分がアンカーとして参加するリレーに、
獅子尾も同じ位置で走ることを知る。
そんなリレーに対しての気持ちを新たにした馬村の前に、
素直になった すずめが登場し、彼にようやく はちまき を渡す。
素直になったご褒美か、馬村から初めて抱き寄せてくれた。
「かんたんに はなさねぇよ」は、
馬村の決意表明ですね。
そんな2人の姿を見ていた獅子尾。
いつも、こういう場面をずっと見ていたのは馬村なんですけどね。
完全に立ち位置が逆転していて、不利な状態の獅子尾。
そうして獅子尾と馬村のアンカー対決が始まろうとしていた。
今までは すずめ と一緒のペア競技だったが、これは個人競技ですね。
いよいよ雌雄を決する時でしょうか。
アンカーとしてバトンを待つ間、
馬村が負けん気を見せ、獅子尾は再度告白したことを告げる。
2人の最初で最後の直接対決。
もうバトンを受け渡すことのない最終走者というのも意味あり気ですね。
アンカーにバトンが回ってきた時、
獅子尾の方が先行していたのは、
これまでの恋愛の状況と二重写しになってるんですかね。
それでも諦めない馬村が最後まで全力を尽くす姿は今後の彼の描写か。
この対決、非常に緊張感に溢れていて、
手に汗握る場面になっているんですが、
そんなことよりも気になる点が出てきてしまうのが惜しい。
トラックの回り方が逆。
人体の構造上、反時計回りが生理に合っているらしいのですが、
本書の場合は時計回りにコースを回っている。
走りにくそうだなぁ、という感想が生まれてしまって物語が少しブレた。
そして連載の回をまたいだ決着の時には、
なぜか反時計回りでのゴールという謎の時空の歪みが生じている。
これは単行本化する時に直せなかったのでしょうか。
アンカー対決は馬村の勝利。
この直接対決を制したことが今後、どう影響してくるのでしょうか。
是非とも、有利になって欲しいところですが。
ただし対決を制したことでのデメリットが早くも出てくる。
それは、すずめ が出場したパン食い競争で足を痛めたことを見逃したこと。
リレーで2位だった獅子尾だけが見学できたけれど、
1位だった馬村は表彰式の説明を受けていたため、その場面を見られなかった。
そして代わりに見てしまうのが、次の獅子尾と すずめ の保健室の場面。
この場面で獅子尾だけが怪我を分かったのは、
獅子尾が注意深く すずめ を見ていたというよりは、ある意味で抜け駆けのようなものですけどね。
あと、すずめ が走ると早すぎて後方に砂塵が舞うのは、
見方によっては、すずめ が流星のように見えるのでは(強引)?
すずめ の怪我の治療をしに2人で入った保健室。
獅子尾は玉砕覚悟で、もう一度 すずめに ちゃんと気持ちを伝えようと思っていた。
リレーに出場したのも、全力を尽くしたのも、そうすることで自分を変えたかったから。
しかし、すずめ は獅子尾に言葉を続けさせない。
まるで そうして気持ちに蓋をするように。
必至で溢れ出てきてしまうものを抑えているようにも思える。
そんな すずめ の言い分を、保健室の外の廊下で聞いている馬村に2人は気づかない。
その一件以来、馬村は悪態をつかなくなった。
知らないはずの足の怪我を心配し、
すずめ の食い意地に笑顔で対応し、でこぴん も封印。
それはまるで仮面を着けたような優等生が見せる優しさのよう。
馬村の悪態は愛情の印。
ツンがあるからデレがあるわけで、
ツンもデレもない馬村は、すずめ に無関心なのかもしれない。
ここは馬村が自分の気持ちを封印しているところだろうか。
保健室の一件を見て、すずめの気持ちが揺れていることを知った馬村。
だが、その揺れを知ってもなお、
焦燥に駆られて押し切って、その後に迷わせたりしないように、
彼女の気持ちが固まるまで待てるのも度量の広さ。
すずめに選ばせること、それが馬村の愛。
近頃の馬村の態度が変であることに気づく すずめ。
これまで何度も聞きたいこと、言いたいことを押し込めてきた すずめ。
ただ、今の すずめ には恋愛経験値が少しばかり上がっている。
間違ったことを繰り返さないために、すずめはまた駆け出す。
というか、馬村の異常に気づくこと自体が凄い。
長い時間をかけて、すずめ には馬村のポーカーフェイスも見抜けるようになっている。
獅子尾の再告白の際に、すずめ の態度がおかしくなったことを馬村が見抜いたように、
すずめ もまた馬村の異変を肌で感じられるようになった。
相手の自然体を知っているからこそ、不自然に思う部分が出来るのだ。
そうして相手と、逃げ続けてきた自分の弱い心と向かい合うために、
すずめ は再び、馬村の家へと全力で向かう。
あの交際を始めた日と同じように…。
そうして すずめ は、彼女として何でも言って欲しいと、彼氏に初めて要望を伝える。
そして、一度は断られた沖縄への3泊4日の体験学習に一緒に行きたいともお願いする。
すずめが勇気を出した2つの願いは馬村に通り、
成功体験がまた すずめ を強くのであった。
次のイベントは沖縄旅行。
何かが起こりそうな予感。というか次巻で最終巻。
ちなみに、この巻で一足先に ゆゆか の恋が決着。
土牛(とぎゅう)先輩は登場こそ派手で活躍が期待されたけど、
いかんせん獅子尾と馬村の対決の影に隠れて、ほんの数ページずつの進展でしたね。
素直になれない ゆゆか を、すずめ が後押しすることで土牛と向き合うシーンも、
結局、すずめ が自分の気持ちに前向きになったシーンとして描かれてたし。
何だか思ったよりも地味な決着でしたね。
というか本書に脇役の恋なんて不要なんですよ。
主役たち3人の恋模様でちゃんと物語を牽引できるだけの力があるし、
脇役にそこまでページを割けないのなら、誰も彼も恋しなくていいのに…。
あっ、やすお のことじゃないよ…(↓)
「ひるなかの流星 番外編 やすお物語」…
すずめ の転校前のクラスメイト・やすお(本名・源 保男)が上京した一日のはなし。
ここにきて、やすお が すずめ を思慕している描写があって、
以前、地元でも遭遇した馬村の他、獅子尾とも面識が出来たということは、
まさか、やすお は3人目のライバル候補?
次の最終巻で、いきなり すずめ が やすお が一番 自分が自然体でいられる、
と彼を選ぶ可能性もなくはない、かもしれない…。
「日々流星」…
森下suu さんの『日々蝶々』とのコラボ作。
そういえば『日々蝶々』の『番外編』にも、『ひるなか』とのコラボ作がありましたね。
アチラを読んだ時には『ひるなか』は未読だったんで、登場人物たち のこと知らなかったけれど、
今回再読して、感想を書き直しました。
すずめ と一緒にいるのは馬村だったんですね。
ということは、『10巻』~『11巻』辺りの話なのか?
本書でのコラボ作は、主人公が入れ替わった作品。
『日々蝶々』のあの名場面の数々が、すずめ が登場するとギャグになるという…。
一方で、馬村の隣の席に放り込まれた すいれん は、
叔父・諭吉(ゆきち)に安らぎを感じる禁断愛へ突入の予感。
世界観が ハチミツとクローバーっぽい…。