《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

主に少女漫画と小説の感想ブログです

王子が長い眠りから覚めると 目の前には愛する人。王子は彼女にキスをしましたとさ《fin》

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椿 いづみ(つばき いづみ)
親指からロマンス(おやゆびからロマンス)
第07巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★☆(5点)
 

心の中に封印してきた過去に苦しめられる陽介は、記憶を取り戻すため、昔住んでいた町を訪れる。だがそれは誘拐事件という辛い過去で…!? 他、極度の冷え症・早苗と人間ホッカイロ・田中のほかほかLOVE、読み切り『極寒ヒーター』収録。

簡潔完結感想文

  • この町も変わらねぇな、と降り立った かつて暮らした町。そこで封印された陽介の記憶が甦る。
  • 自らの精神世界の内部にダイブしていく陽介。思わず書名を確認するほど内容のテイストが違う。
  • 頼られることで自分を律していた かつての陽介。全部丸ごと受け止めて、新しい自分が目覚める。

るで別の漫画のような、まるで最終回のような 7巻。

まさか『1巻』の時点では、このような展開が待ち受けてるなど、
読者はもちろん、作者ですら予想外だっただろう。

連載が続いたからこそ生まれたお話で、
普段の作風とは違うテイストを用いながら、
ネタ振りに見合うだけの重厚な話が展開される。

僅かに1話の時点との整合性が取れない部分もなくはないが、
ヒーローの陽介(ようすけ)自身も自覚していた、
千愛(ちあき)との恋愛が「おままごと」で止まっていた原因が明かされる。

内容的にも漫画としての表現的にも作者の成長を感じられる話です。


学校6年生以来、かつて暮らしていた田舎町に降り立った陽介。

その町で再会した かつての同級生から自分の過去の一端が語られ、
一週間の行方不明、そして誘拐というキーワードが持ち上がる。

初っ端から不穏な空気、事件性のある重い事実が語られ、
何だかミステリ・サスペンス風味ですね。

町にとっての異邦人・異物が来訪することによって事件が起こるのはミステリの常道展開です。

陽介が大人びているせいもあるが、
30代ぐらいのの男性が田舎に帰ってきた感じがありますね。
まぁ、実際は4年余しか経過してない訳ですが…。

といっても事件が起きるのは、陽介の精神でのみである。

町の中の一つの光景を見た途端、陽介は封印された過去の恐怖を思い出す。
これ以上進むと自分が壊れてしまうという危険も承知で陽介は前へ進む。

ここでは心象風景を多用することによって、陽介が自分の心に没入していく様子が描かれていますね。

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三途の川を渡るように、引き返せない心の旅に出る陽介。内奥にある物は一体…。

ちなみに陽介は久しぶりに降り立ったこの町のことを、
たいそうな田舎だと感じているようですが、
徒歩圏内に、かつては水族館や遊園地があった描写がある。

下手をすれば通っている高校のある周辺よりも栄えてるんじゃないか?と思わずにはいられない。

そして、この町、たった4年で何があったんだ⁉
急激に過疎化、廃墟化していく町自体がリアルなホラーである。
やっぱり30代男性が帰郷するぐらいの時間経過がないと不自然か。


際に陽介が過去に体験したことはトラウマと呼ぶのに相応しい内容。
まさにサイコサスペンス風味である。

10歳での母親の死から、家族から頼られる存在になろうと自分に自律を課しきた陽介。
父と弟の喜ばせようと行動してきた陽介が、ある日、突然 壊れていく様子が見事だ。

彼らのために気を張っていた陽介。
だが、不安定な人を守るためにいる自分も実はまだまだ不安定だった。

母の死で子供時代を一気に卒業して、大人びた振る舞いをしていた陽介。
完璧には大人でなかった陽介が、虚無感の中で出会ったのは一人の女性。

この自分を救ってくれるかもしれない女性、
母とは違う年上の魅力的な女性との出会いの様子は甘酸っぱい。

優しくて少し冷たいミステリアスな年上の女性に恋心にも似た感情を抱くのも当然か。

しかしそんな淡い恋が一気に反転する様子は まさにホラー。
陽介の心の救済がなされる可能性が瞬時に消滅し、新たな心の傷を作る。

彼女から伝わってきたはずの好意は、陽介の向こう側に向けられていた。


こからの陽介の精神的苦痛、窒息感が文章によって圧力を持って訴えかけてくる。
誘拐されてからは呼吸することを忘れるぐらい、ひたすらにページをめくった。

この場面では作者の文章力や頭の良さ、
これまで触れてきた作品の多さが作品の節々から感じられます。

年上の女性が陽介に対して取ってきた行動の意味も後からジワリと効いてくる。
これまでと作風は全く違うのに完成度が高く、人が狂っていく様子は恐怖すら感じる。

また蝶というモチーフを上手く使っている。
蝶を逃す選択をした陽介自身が、彼女にとって囚われの蝶になる。
彼女の家で壁一面の蝶の標本を見た時の陽介の絶望たるや計り知れない。


言い方は難しいですが、拉致監禁だけで良かったですね。
彼女の欲望の対象が陽介自身に向けられることもあり得たわけですから。
そういう意味では小学校6年生という絶妙な年齢だ。
そうなったらもうマッサージどころではない。
触れられただけで吐き気がこみ上げる体質になっていたかも。


これまで語られてきた陽介の特別な凝り。
精神的なモノだという問題も分かりやすい構図で説明できる。

記憶喪失の中で、辛い記憶を一手に引き受けてくれていた陽介の中にいた小6の自分。

10歳で母を亡くしてから、父や弟から頼られることを生きがいにしていた彼は、
12歳以上の陽介が頼る相手にも なっていた。

記憶をなくした陽介が無自覚に頼るために創り出した存在。
それはかつての父・弟と同じ、小6の彼が出来る精一杯の弱者への配慮。

だが今回、ずっと頼ってきたことに感謝と別れを告げる今の陽介。

頼られることを喜びに感じながら、一方で悲鳴を上げ続けていた小6の自分。
母を亡くした日からの彼の苦労が報われる瞬間である。

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誰かを支えることが存在意義だった かつての自分。自分一人で立つために陽介は彼を迎える。

方で千愛も行動に出る。
住所を頼りに陽介の自宅に向かっていた。

そういえば「ままごと恋愛」だったからか、お互いの家に行き来してませんね。
まぁ、お互い家族に色々と事情があるから、普通のカップルのようにいかないのでしょう。

そこで出会ったのが、陽介の弟・克久(かつひさ)。
そういえば千愛は弟くんと会ったことあったんでしたっけね。
千愛の双子の姉・明佳(さやか)が弟くんをたぶらかしたことも、陽介との交際のキッカケの一つ。

私の中では明佳と共に弟の話もなかったことに なっていたので成長した姿に驚いてしまった。
これが、封印された記憶というヤツか(笑)⁉

陽介が倒れたと連絡を貰ったのは家族である弟。
しかし目を覚ました時に一番に見たのは陽介が見たかった女性の顔だった。

頼ってもらえなかったと思われていた千愛が、
ちゃんと陽介の深層意識で彼に頼られていたというのも良いですね。

そういえば千愛が泣いたのは初ですかね。
本当に最終回のような展開が続くなぁ。
というか、この後の話はどう続けるのだろうか。通常運転でしょうか。


あとは今現在の、陽介の父親の姿が見たいですね。
誘拐事件のあった頃の写真でも今の高校生の陽介より圧倒的に若くイケメンだった父。
現在の弟くんに似ている。


半1/3は。あからさまな番外編です。

本編として扱われていたら影の薄い田中(たなか)と新キャラの恋なんて知らないよ、
という感じですが、番外編なので心を広く受け止められます。

近隣の山茶花(さざんか)高校のお話。

桜ノ宮が2年生の教室にいるということは1年前のことなのかな。
雑誌掲載が2月号だったので、それに合わせた冬の話なのでしょう。

ということは、ヌボーっと登場した時には彼女持ちだった訳ですね田中は。
それでいて桜ノ宮の付き人みたいなことをしているのか。
本格的な彼氏としての出番・役割はもっと寒くなってからなのだろうか…?

新キャラである生徒会長の早苗(さなえ)は、夏江(なつえ)さんに見えてしまうなぁ。

冷え性なのに見栄っ張りで薄着をしている早苗が、
ある日、人間ホッカイロのような「周り一体があったかい」田中の出会いのお話。

こういう癖の強い人たちの恋愛は、作者のお手の物ですね。
早苗が田中の体温に惹かれるのは、凝った背中に惚れた千愛といい勝負です。

本書のキャラたちは、総じて外見というものに興味がないですよね。
各人が外見よりも強い個性を持っているからかもしれません。
ここはイケメン設定の薄っぺらい人たちよりは好感が持てます。

早苗と田中は『親指』では数少ない交際中のキャラクタになりましたね。
あとは千愛カップルぐらいです。
交際が予想される男女は何組もいるんですが…。


ちなみに表紙は田中くんだそうです。
作者が言うまで、多少の違和感はあるけど陽介かと思っていた私です…。

親指からロマンス 7 (7) (花とゆめCOMICS)

親指からロマンス 7 (7) (花とゆめCOMICS)

  • 作者:椿 いづみ
  • 発売日: 2006/11/17
  • メディア: コミック