《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

主に少女漫画と小説の感想ブログです

破滅フラグを回避するために、僕は妹にサヨナラをする。

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青木 琴美(あおき ことみ)
僕は妹に恋をする(ぼくはいもうとにこいをする)
第03巻評価:★★☆(5点)
  総合評価:★★(4点)
 

愛しあってしまった頼と郁は、ついに禁忌を犯してしまう!そして、頼はこの恋を守るため県外の高校に進学し、ふたりは離ればなれに。16歳の誕生日を迎えた郁は、誕生日を頼と一緒に過ごしたくて頼の元へ向かうが…!?

簡潔完結感想文

  • 妹の同意を得て結ばれる2人。幸福の絶頂の中にあるはずが眠る郁の横で涙を流す頼がいた。
  • 中学の卒業式。その日まで頼が県外の高校に進学することを知らなかった郁。身代わりは犬⁉
  • 郁 はじめてのおつかい。貯金を使い果たして頼に会いに行こうとするが、同行者がいて…。

こから9巻まで下降線。絶頂と同時にピークアウトを迎える 3巻。

『2巻』のラストから続く兄妹の密事から。
『3巻』の冒頭1/3はラブホテルでの出来事です。

描写としては小学生には読ませたくないですけど、
彼らと同じ中学生なら性描写としては過激とは言えないのではないでしょうか。
まぁ、その前に倫理的に大きく社会規範を逸脱してますが…。

かつて同級生との経験があるからか兄の頼(より)は、暴走・暴発せずに少し余裕の態度を見せています。
妹・郁(いく)の羞恥を言葉で引き出して、興奮に変換している様子。
もちろん性的興奮もなくはないが、「キレイ」「かわいい」と郁自身の心身を感じることで満たされている。


妹の郁より長い間、双子の片割れに思いを寄せ、そして苦悩してきた頼は
郁には深い考えや、罪の意識がないことを理解してるんですね。

そして罪は全部自分が引き受けるという覚悟、
と同時に、頼には幼稚さと身勝手さがありますね。

新年度からは離れて暮らすことが自己決定しており、
限られた時間と我慢の限界があって、その逆算で妹と結ばれる。
全ては頼の計算通りという印象を受ける。

郁の心理を巧みに誘導し、熟考の隙を与えなかった知能犯。

郁には県外学校の進学を決めたことを言わなかったのは、
もちろん、郁が悲しむという引け目もあったのだろうが、
それを告げることで郁の態度に変化が起きるのを嫌ったからでしょうか。

かりそめであっても最大の幸福の中で結ばれたい、
そして着実に郁との仲を深めるための障害を隠すという打算もあるだろう。

一方で、考えの及ばない郁は幼稚性を増す。
性行為の前後の態度でさえ幼稚で、まるで幼児を相手にしている印象だ。

「びぃっ」「うりゅっ」と泣いたり、「ぶうっ」とすねたり、擬音がとにかく気持ち悪い。

作画の省エネもあるのか、多用される人物デフォルメする手法も幼さが増すばかり。
何だか頼が郁をお嫁さんにすると心に決めた年齢(5歳ぐらい?)で精神が止まっている気がする。

純粋無垢であること、おバカなこと、成長しないこと、
頼が郁に望むことは小児性愛者のソレに近いような気がする。


よいよ、別れの時。
中学の卒業式が終われば、生まれて初めて兄妹が離れる時を迎える。

しかし卒業式で答辞を読む学年代表が、式の後、校舎の屋上でタバコを吸う場面はダサく映ってしまう。

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優等生がタバコを吸う、それが二面性の象徴だったんでしょうか。ツンデレとかドSとかと同じジャンル?

本書はこの後、喫煙シーンが頻出しますが、私は喫煙シーンに一番時代を感じます。

時代の変化としては、規制されてタバコ自体の入手が厳格化したこと、
そして出版界での自粛・自重するムードの蔓延だろう。

もう一つは、喫煙が格好いいことではないという風潮の変化。
私は喫煙シーンが出るたびに苦笑いしちゃいます。

『3巻』から主要キャラの一人・矢野(やの)くんが本格始動(初登場は『2巻』後半)。

頼が郁に甘えたりする時、独白で弱音を吐く時に一人称が僕になったり、口調が「です・ます調」になるが、
矢野と頼との会話も時折「です・ます調」になる。

言いにくいこと、本心を誤魔化しながら喋る時などに頻出するが、
語調を変えて喋る大人のスマートさというより、オタクっぽさを感じる。

作者の作画能力の都合で頼と同じ顔をしていますが、
実物の矢野は結構 陰気なメガネキャラなんじゃないかと想像しちゃう。

作者が男同士の会話や友情、大人びた雰囲気を出したい場面ほどダサいという悲しい矛盾が成立しています。


そしてウェルシュコーギーの「犬ヨリ」も初登場。
犬ヨリ目線で郁の心情を表すなど作品にとって良い面もありましたが、
コスプレや無駄な登場でのページ稼ぎ、作者の描きたい物を描くという欲望のために使われている気がします。
あんまり良い印象のある犬ではありません。
どこにでも連れて行かれて、長時間 閉所に閉じ込められてストレスが半端なさそうな お犬様である。


して、いよいよ別れの時。

頼が県外の高校に進学するのは、自分達のことを誰も知らない環境なら、
一時的にであっても「普通の恋人同士」になれるから。

そして、この恋を守るため。
郁がおバカだから同じ家に住んでいる限り破滅が近いと考える頼。
より巨視的なの視点で2人の関係を考えている頼だが、手法は身勝手で強引。

駅のホームでの別れの場面。
早くも家族ではなく彼女としての悲しみが溢れだす郁。

そこに現れたのは同級生で、頼の元 彼女の友華(ともか)。
この日の出発をウワサで聞いて出現したらしい(ずっと見張ってたのか?)。
中盤以降の展開を知る者としては、白々しい演技にしか思えない。


郁が自分の置かれた状況を理解しないまま友華に羨望を覚える思考に幼稚さが表れているが、
その郁の心境を読み取って、頼が機転を利かせる場面は好きです。

「家族」として父、母、そして郁にも自然に別れのハグ&キスを贈る頼の頭の回転の速さが表れている。

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家族として恋人として関係を崩さないための物理的距離を置く、別れ。

ピンチをチャンスに変える場面は一種の爽快感があって いいですね。
これ以降も頼には物事に冷静に対処して欲しかったものだ。

最終盤の頼の破壊願望と、今巻の頼は違いすぎる。
頼こそ2人の関係の精神的支柱なのだから、平気で親を欺き続ける知性を見せて欲しかった。
結局、郁の心情さえも利用しているという「DEATH NOTE」の夜神 月(やがみ らいと)ぐらい非情でい続けても良かったかも。


別離以降の郁は本当に5歳児並みの思考力しか与えられてません。

そんな郁ちゃんは、頼の誕生日に「はじめてのおつかい」を敢行する。
なぜか同級生の矢野もついてきて珍道中の始まり。

一方で頼は、郁の誕生日にクローバーの指輪を購入。
ここで指輪にメッセージを入れてるんですね。

頼と別離している間は、驚くほど本編の内容がありません。
4巻以降は右往左往編、もしくは東奔西走編ですね。
文字通り、行ったり来たりするだけで何も起きません。
ここから5巻分ぐらいは読まなくても平気かも…。

本当は、県外高校に進学せず、高校編突入したら最終盤の展開を持ってきて連載を終える予定だったのでしょうかねぇ。
そっちの方がスマートな物語になったのに。

『3巻』の最後の最後で双子の父(39歳! 50歳前後に見える)が、
「似てない…か 本当は… あの2人 誕生日は同じじゃないからなぁ」と意味深発言をする。

これは頼と郁の関係に一筋の光明が見えた、のか…⁉ と、
前向きになる一方、そんな安直な展開は嫌だなと思う自分もいる。