八田 鮎子(はった あゆこ)
オオカミ少女と黒王子(おおかみしょうじょとくろおうじ)
第8巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
佐田くんとエリカが付き合ってから2回目のクリスマスがやってきた! エリカがまたわがままな要求をするのではないかと若干イライラ気味の佐田くん。そんな中、クリスマスはみんなでパーティーをしないかという提案が神谷くんから持ち上がった! エリカはもちろん嫌がるかと思ったけど、その返事は意外にも「OK」だった。ものわかりが良くなりすぎたエリカに佐田くんは何か言いたげな様子…。さてさて今回のクリスマス、2人にとってどのようなものになるのでしょうか?
【収録作品】かまってちゃんでごめんなさい!!
簡潔完結感想文
- エリカの いとこ・レナの告白。血筋なのか何度 断っても食らいついてくるレナに恭也は…。
- 恭也のメガネを壊してしまったエリカ。介助犬として恭也と付き添う、いつもと違う1日。
- クリスマス回。エリカの過剰な要望を危惧する恭也だったが、今年は皆でクリスマス会開催。
受動態から能動態へ、上から横へ、恭也(きょうや)の文法・視点が変わる 8巻。
お話の内容的には再び『サザエさん』といった感じで、
・レナ、失恋する
・恭也と介助犬
・クリスマスは みんなで
の3本でお送りします、といった他愛もない お話。
…のように見えて、私はこの『8巻』は重要な巻ではないかと考えています。
全16巻の作品のちょうど折り返し地点でもありますしね。
では、何が重要なのかというと。
私が本書のテーマだと考えている「サイテーのカップルが最高のカップル」になる潮目だということ。
そして、そのために必要な恭也の変化が描かれているという点で重要なのです。
これまで恭也はエリカのご主人様ではあったが、恋愛に関しては振り回される側、受動態であった。
あれもしたい、これもしたい というエリカに諦め半分 付き合わされていた というのが彼のスタンス。
しかし『8巻』で彼の中に能動態の自分が現れる。
エリカと2人きりでいたい、エリカに触れたい、エリカとの関係を進展させたい、
まるで恋人同士のような自分の中の願望に恭也は驚愕し、そして煩悩を静めるために 寝る。
そこにあるのは恭也の防衛本能。
ここにも幼い頃に親が別居を選択したことの影響があると思われる。
自分の願望とか欲望とかは、失望に変わるリスクのある種だから あえて育てない。
いつも受動態でいること、省エネでいることが恭也の処世術。
「やらなくてはいけないことなら、やらない。やらなければいけないことは、手短に(『氷菓』)」
この言葉に通じる恭也の生き方。
では「したいと思ったことは、……」どうする?
もし、メガネを壊したエリカが恭也を部屋まで送ってくれた時、恭也に欲望が生まれた時、
前半のエリカの いとこ・レナのように、エリカが「あたしはいいよ しても」と言えば恭也は乗っかれた。
少し下衆(げす)な言い方になるが、それによって その行為が、
恭也の「したいこと」ではなく「やらなければいけないこと」になるからだ。
であれば「手短に」済ませるのが恭也の姿勢だろう。
しかしエリカは そんな雰囲気を微塵も見せず、
そして恭也も自分の欲望を無理に押し付けるほど子供ではないから、
恭也に生まれた気持ちはエリカに露見することなく恭也の中で押し殺された。
恭也に課せられたのは「我慢」という宿命だろうか。
本来 嫌いなはずのデートは我慢して付き合う。
そして 自分の願望は我慢して飼い慣らす。
あれっ、もしかして恭也がMなの⁉
メガネが壊れたというのも重要な象徴的な出来事に思えます。
普段はコンタクトやメガネを使って視力を矯正している恭也。
けれど、眼鏡が壊れることで矯正器具で見ていた世界・視点がリセットされた。
そこで見たのは ぼんやりとしか映らないけれど、自分が見たい世界の姿。
そして、いつも横にいてくれる大好きな恋人の姿。
これまで恭也自身が色眼鏡で見ていた、見ようとしていた世界が本来の姿を取り戻す。
自分の上から目線も、今回は介助犬となった犬という立場を命じたエリカという犬もそこにはない。
このリセットがあったからこそ受動態の恭也が、能動態に変異したのではないだろうか。
黒王子からも、そして受動態からも卒業する恭也。
本書は恭也が人間らしさを取り戻す物語なのかもしれない。
クリスマス回でも、恭也の変異は続く。
友人・健(たける)の言う通り、恭也は真面目だから、
エリカのやりたいことは なるべくかなえさせてやりたい人である。
だから、どんな お願いをされるかと身構えていたら…。
昨年は史上最大の大ゲンカをしたり、首輪という名のネックレスをもらったりしたクリスマス(『2巻』)。
けれど今回は自宅で男女5人が集まってのパーティ。
これは同じことをしないという作者の創意工夫でも あるんですかね。
確かに またデートコースを回って、プレゼントを貰う じゃ再放送だ。
そして今回、描かれるのは1年が過ぎて変わっていった恭也からの想いである。
2人きりで いたい特別な日に、男女5人で集まるパーティの開催など かつてのエリカなら不満を漏らしていたはず。
しかし今回のエリカは恭也が満足しているのなら自分も満足という、
自分の気持ちよりも彼氏の気持ちを慮(おもんぱか)る余裕すら見せる。
これもまた2人の仲が深まっているという証左であろう。
だが、そんなエリカの態度に なぜか不満を持っているのが恭也。
そして、そんな不満の一部には自分を振り回してくれないということも入っているのだろう。
恭也が欲しい犬は、若くて力が有り余っていて どこへでも自分を連れていってしまう犬。
そんな犬が望むままに散歩=デートを繰り返してきた自分たちの関係が変わっていくかもしれない。
そして そこから露呈するのは、本当は そうされることを望んでいた、そうしたかった自分の本心。
俺に興味なくしてんじゃねーよ、俺と2人きりにしろよ、無茶振りしてこいよ。
恭也は、エリカが自分にワガママを許すという役割を与えてくれることを望んでいる。
…うーん、やっぱり ある意味でMなのは恭也ですね…。
今巻に併録の短編が「かまってちゃんでごめんなさい!!」というのも意味深だ。
エリカの物分かりが良くても悪くても機嫌が悪くなる恭也。かまってちゃん!
「かまってちゃんでごめんなさい!!」…
高校2年生の田中 麻衣子(たなか まいこ)はバイト先で一番年下の川合 圭吾(かわい けいご)をはじめとする明るい陽キャ軍団を敬遠している。
だが段々と距離を縮めてくる圭吾に決して悪い気はしなくて…。
こちらの短編でも本編の恭也と同じで主人公・麻衣子は受動態で、相手が好意を伝えてくるのを今か今かと待ち受けていますね。
そして期待しているということは自分にその願望があるということに気づく。
異性との交流が嬉しい気持ちと、警戒して冷静になろうとする葛藤に共感。
最後は自分のプライドを かなぐり捨てて好きな人のもとに走っていった麻衣子。
恭也にも そんな日が来るのかなぁと色々と内容が呼応している作品を見て夢想する。