いくえみ 綾(いくえみ りょう)
プリンシパル
第5巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★☆(9点)
付き合い始めた弦と晴歌。想いが実りはしゃぐ晴歌を横目に、糸真ははき出せない想いを抱えることになってしまった。ある夜、晴歌からのメールを読んだ糸真は、思わず和央の部屋を訪ねるが…。
簡潔完結感想文
- なんでも思ったことをすぐ口にする男の子、ずっと抱えてきた想いを口にする女の子。
- 体力つけるはずの朝食で体力を消耗する姉弟。心も体も消耗した糸真が一歩を踏み出す。
- 痛い目を見るのはもうちょっと先のことになる、で今巻 終わってますけど…糸真ちゃん?
「好き」と安直に言葉を使わずに、紛れもない「好き」が描かれる5巻。
隠していたこと、見ないふりをしていたものが露見したり、リセットされる回でもあります。
徹底的に打ちのめされて人はどう歩き出すのか。
主人公の糸真(しま)は友人・晴歌(はるか)とその恋人・弦(げん)の仲が深まったことを知り眠れなくなり、寝床から出る。
暗闇の中、灯りが漏れるのは出来たばかりの同じ年の弟・和央(わお)の部屋。
そこで和央に引っ越してきてからの自分の気持ちを洗いざらい語り続ける…。
この糸真の和央への独白は一種の告白でしょうか。
いや、どちらかというと、本当に「落ちた」のは誰かという告白か。
時すでに遅し、自分の心が墜落してしまう糸真。
悪く言えば糸真は和央に望みがないから弦に乗り換えたようにも取れてしまうが、よく言えば「弦化」して和央を見守っていたのだ。
ちょっと言い訳がましくも思えるけれど、あの転校の翌日、自分が「落ちた」のが右か左か、黒か白かすら分からない、それぐらい恋愛ビギナーの糸真なのだ。
そしてビギナーは失敗を重ねるもの…。
時同じくして、弦の舘林家では一悶着。
弦の母親が和央に家の出入りを禁止したことが、父親が口を滑らせたことをきっかけに露見してしまう。
「なんでも思ったことを すぐ口に」してしまう弦が母親に向けた怒りの切っ先は、姉の弓(ゆみ)ちゃんを心を深く刺してしまう。
壮絶な親子喧嘩のはずが、当事者を傷つける、思わず笑ってしまう場面になるのが痛快ですね(弓ちゃんには悪いけど)。
和央と10歳離れているなら弦とも10歳違いの姉弟なのか。
姉弟だし、歳もそれだけ離れていると弓ちゃんと弦は喧嘩などしなかったのでしょうね。
事件の発端となった舘林父は温厚そうですね。育ちの良さでしょうか。
弦もあと40年ぐらいたったらあぁなるんでしょうかねぇ。そんな家庭内不和の一幕を知って弓ちゃん本人よりも怒る和央。
キレるのは2回目ですかね。2回とも弦に。
この自然と首を絞めにかかる感じ、そしてその据わった目を見る限り、今後、万が一、弓ちゃんに危害を与える者がいたら和央は間違いなく絞殺するでしょうね。
弦は嘘がつけない。これは間違いなく弦の美徳。それでいて無自覚な欠点。
糸真の運動会の練習を見つめる弦。それを笑う弦。
悪気はないのだけれど、心のあり様をオープンにする彼の言動は人の心(主に晴歌)に染みを作る。
この前後にも彼女になった晴歌の前で陰で、糸真に気に掛ける和央の姿を晴歌は見ることになる。
弦の知らないところで彼の視線の先、考えの先を見聞きしても晴歌は笑顔。
「だけど それを表面通り受けとめちゃあ いかんことを あたしは知っているぞ」、である(『4巻』)。
弦の部屋に行こうとする時の晴歌はある種の覚悟を持っていたのでしょうか。
机に脚をぶつけたのは動揺か、それとも弦の糸真スイッチを押すためか。
ただ、弦の部屋の様子をわざわざ匂わせて報告するのは、間違いなく晴歌の糸真への牽制でしょう。
そういえば弓ちゃんのメールによると、この頃は和央の体調がいいという話だけど、年齢によるこれは成長と体力的なものなのでしょうか、それとも再婚による栄養と精神的なものでしょうか。
和央の身体のことがあってか、和央母は料理や栄養素に凝ってるご様子。
しかし本来は人を元気にする食事で、元気を失ったのは、運動会当日の住友姉弟。
食中毒。
身体の不調は心に弱さを招きます。
もしかしたら和央は体の不調が繰り返されることによって心が鍛えられ精神的に成熟したのかもしれない。
だから恋愛においても即時的な結果を求めない、のか?
が、健康に暮らしてきた糸真にとっては弱さを招くものでしかない。
弓ちゃんが、たとえ和央がどんな選択をしても自分を保てるようにしたのと対照的に、安易な選択をして自分を失う糸真。
それも仕方ない。
同じ症状だけど和央には弓ちゃんが側にいて。
友達や元の家族の中だけでなく、今いる幸せの家族の中でも自分は一人であることを痛烈に感じる糸真。
だからリセット。糸真が新しい恋を始めることは晴歌にとっては朗報でしょうね。
これで自分たちカップルは安泰だと思ったことでしょう。
そんな新しい恋のお相手候補に初めて会うために服を選び、髪型を変える糸真。
そんな糸真を見て、すみれ(白い犬)が見て後ずさる。
これは糸真が糸真らしくないという暗喩なんですかね。
糸真のデートを和央が尾行していた和央が、お店の中であった学校の女生徒の誘いに乗って遊ぶのは、弓ちゃんに選択権を与えられた和央なりの変化なんですかね。
言い方悪いですけど、近視眼的な一択に固執するのではなく比較検討してみるというマクロな視点を持つよう努める。
もしくは弓ちゃんと上手くいってるからこそのカモフラージュ。
一つの言葉やエピソードが、別の場面で少し違う意味として効いてくるというのがベテラン作家さんの力量だなぁと感心しきり。
こういう多重的な構造をサラッとやってのけるところはファン冥利に尽きます。
読み返したり、感想を格段になって登場人物たちに思いを馳せると色々と考察の種が埋まっています。
そういえば、あくまでも自分のために痩せ始めてしまった弓ちゃんですが、楽器としての身体は大きい方がいいような気がする。
もう歌わないのかな。
弦が晴歌を好きな理由の一つとして挙げた「なぜか俺を好きだってゆーところ」という発言に、「そんなの僕だって(略)糸真だって(略)大好き」ときちんと糸真入れてくるあたりが黒キャラの和央らしいですね。
和央様に見透かせない者はないのです。
そして自分も弓ちゃんも大好きに含める所が、彼らしい柔らかさである。
色々と情報が筒抜けの高校生4人組。
だけど当然、言わない気持ちがあるのもある。
好意だって不安だって押し殺して生きていくんだ。
押し殺せるかな…?