《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

本当にあったエモい話。平和に下校中の風早の手に手を掛けようとする黒い影が忍び寄る。

君に届け リマスター版 12 (マーガレットコミックスDIGITAL)
椎名 軽穂(しいな かるほ)
君に届け(きみにとどけ)
第12巻評価:★★★☆(7点)
   総合評価:★★★★(8点)
 

高2の夏。おつきあいすることになった爽子と風早。爽子は「彼女」とは何をするのか考えたりしています。そして、もっと風早に近づきたい、手を触れたいという気持ちが出てきたことに戸惑います。そして風早と両親の出会う日が…。

簡潔完結感想文

  • 意外に早く手を繋ぐ2人。爽子の方から、影バレ、工夫がたくさん。
  • 爽子の両親にご挨拶。これで風早まったことは出来なくなっ太くん。
  • 吉田と矢野の1年生1学期。描かれなかった隙間を埋められていく。


これまでのあの人に好かれたいという願いから、嫌われてくないという恐れも出てくる変化の12巻。

初デートも終え順風満帆な2人。
だけどもっと近づきたい、もっと好かれたいという願望は緊張と羞恥を伴うもの。
少女漫画のゴールになる事も多い交際が、それで全ての悩みが解消するわけではない事が描かれていく。

私の予想に反して結構あっさりとクリアしたのは手繋ぎ問題。
しかもそれが爽子からのアプローチというのも意外でしたね。
沈みかけている夏の太陽が作り出す影によって風早に露見する展開は2つの意味で胸が高鳴った。

f:id:best_lilium222:20200610090455p:plain
目線の下の方には 下心 恋心。
自分のすきな人が自分をすきでいてくれる奇跡を壊さないようにするには、何もしなければいいのかもしれない。
だから「早く大丈夫な所まで時間が過ぎればって」爽子は思うのだろう。
でもこれまで想いが風早に届くまで努力してきた日々があったように、これからもまた日々を重ねていくしかないのだろう。


手を繋いで下校するその日に、彼女の親に見られる2人。
まぁ家の周囲でそうしてればいつかはそうなりますよね。
彼らは初日からですが。

f:id:best_lilium222:20200610091341p:plain
初めて手をつないだ日は 忘れられない日になりそうです…。
そうして家に招待された風早と一緒に帰路につく際に垣間見られるのは1年半前に引っ越してきた新参者とは思えないご近所さんとの交友。
同級生には緊張して顔がこわばって失敗し続けたけれど、ご近所さんには自然に挨拶して会話してきたのだろう。
親しくしていたご近所さんの子供や孫が実は同級生で、そこから仲良くなる展開も爽子らしくて良かったかも。

爽子の人となりを見て、大切に育てられたと見抜く風早17歳。老成してるね。
爽子父は風早の箸遣いを見ていましたが、風早もまたきちんと育てられた子なのだろう。
今回は黒沼家訪問がメインの話だったけれど、夕食をご馳走になる際に風早がかけた家への電話では風早は女性との交際を少なくとも両親のどちらかには伝えている事が分かる。
つくづく好感度の高いやつだ。

母が語る、爽子が情より理を優先するって話は爽子の性格の端的な説明ですよね。
もし今後、2人が間違えることがあったらこの辺りなのかなと思います。

自分以上に風早を優先してしまった時とか、流れに身を任せずに自分に立ち返ってしまう時とか。
今回の手繋ぎの失敗の時も、制御できなかった自分の情動を恥じているようにも見える。
今回はそれを風早がちゃんとフォローしてくれてよかった。
風早は風早で自分の意気地のなさを恥じているのかもしれませんが。

爽子父は爽子に似ていますね。
順番としては逆でしょうけど。
悪意はないのに取りようによっては攻撃的にも見えちゃったりする空回り気味の言動が似ている。

子供がずっと独りだった爽子という事もあって爽子父はこれまで家族3人を基本単位として生きてきたのだと思うが、爽子は最近新しい世界をどんどん切り拓いている。
それは嬉しい反面、寂しい事で、風早への少しライバル心にはそんな感情も混じっているはず。
人一倍父としての仕事(と書くと怒られそうだが)を努めてきた父だから、早く趣味など見つけないと一気に老け込みそうだ。
定年退職後の心境を先取りした感じでしょうか。

爽子もいつか自分の子供が大切な人を連れてきたら気を回し過ぎて失敗しそうですね。
普段は失敗しない料理に失敗したりとか、相手が返答に困る質問ばかりするとか。
そしてそんな時も爽やかに立ち振る舞うのは夫・風早。
そんな妄想も楽しいです。


矢野と吉田の初対面エピソードは長期連載の恩恵と弊害ですよね。
読みきり短編の時点でもう2人は仲良くなってましたから、中学が別の、まるでタイプが違う彼女たちがどう仲良くなったかという初出しエピソードが満載だ。

ここでは人の名前を覚えられない龍の使い方が素晴らしいですよね。
同じ中学だったくるみは忘れかけているけど、吉田が毎日のように話してくれるので矢野の名前は覚えた、という吉田からの友情が間接的な手法を描かれている。

作者はこういうエピソードが上手いですよね。
嘘っぽくなくて、間をおいてジーンと感情に訴えてくる挿話に長けている。
龍が女子生徒の名前を覚えるのは吉田との関係性の違いかなと思っていました。
吉田が苦手なくるみは覚えないけど、好いてる矢野は覚える。
でも龍、『前巻』でも黒沼の名前を黒山と間違ってましたよね。
まさか吉田は爽子のこと…。ナイナイ。

弊害としては過去編とか横に広げた話って、やっぱりこしらえた感じが出て全体的にわざとらしくなる感じがしますよね。
爽子の時はともかく、「友達ってね気づいたらもうなって」るものだから、こんな風に明確なきっかけがあったり、それを覚えてる事に違和感が出てしまう。
矢野がまた大人で論理的というか説明的な人だから、今度は作品が情よりも理が勝ってしまう印象が強くなる。
爽子の言葉や感情の不足を補う時はいいんですけどね。痛し痒しです。