《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

買い叩かれる労働力。叶えたい夢もあった 変わりたい自分もいた 今はただ なつかしい 帰れないふるさと。

ちとせetc. 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
吉住 渉(よしずみ わたる)
ちとせetc.(ちとせエトセトラ)
第1巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★☆(5点)
 

沖縄に住む高校生のちとせは、東京から遊びに来た幸翔とひと夏の恋に落ちる。どうしても彼のことが好きっ! ちとせは幸翔を追いかけて東京に転校するけど!?

簡潔完結感想文

  • 女:困っている私を助けてくれた彼。海岸でキスもした運命の人です!
  • 男:旅先で遊んだ女にストークされまして高校もマンションも同じです。
  • 兄:安い労働力獲得のため海を渡るよう唆したかな。故郷に帰しません。


漫才も漫画も掴みが大事。
イケメンと一つ屋根の下に住むために親同士を再婚させて同居するという設定だってアリなのが少女漫画だ(著者の他の漫画)。
本書の場合は1話で主人公が好きな人を追いかけて生活環境を一変させるという猪突猛進な展開を見せる。

主人公の沖縄在住の高校生1年生・ちとせは、ある日、困っている所を東京からの旅行者の男の子・ユキに助けてもらう。
助けてくれたお礼に1日沖縄を案内するちとせ。
「すごいイケメン」彼にどんどん惹かれてるちとせ。
更に夕日を眺める海浜公園でユキからキスをされて、すっかり恋に落ち、彼を運命の人だと思い込む。
連絡先も交換できなかった彼にもう一度会うため、少ないヒントを手掛かりに彼の通う高校(あくまで推測)に編入するところから物語は始まる…。

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この出会いから数時間の逢瀬で上京を決意…。
あらすじを書き出して改めて思うけれど、とんでもない設定から始まる本書。
1話ではもう一つどんでん返しの展開が待ち受けており、編入先でようやく再会できたユキはちとせの事を全く覚えていなかった!

…そりゃそうだ。猪の如く前へ前へ進んでいたちとせに現実という壁が立ちはだかる。
更にユキには同じ高校の芸能科に通う長年付き合っている彼女がいる事が判明する。
壁にぶち当たった彼女はその日は泣いて暮らすが、翌朝、自宅を出るとユキもまた同じマンションの同じ階の住人だという事が判明する。
大きくとらえれば、またもやイケメンと一つの建物の中に住んでいる設定なのだった。


1巻は丸々、色々と世間を知らない事が多いちとせが世知辛い世間を知っていく巻だろうか。
東京という大都会、芸能科のある高校、そんな芸能人にもまけないルックスの普通科の運命の人・ユキ、そして腰掛け芸能人のその彼女、所属する事になった部活のメンバーによる優しい手ほどき、売れっ子小説家の兄、兄が用意してくれた広く清潔な家…。
あれっ、これが世知辛い世間というよりは浮世離れしているなぁ。

彼女が知った世間は主に恋愛面か。
それもひとえにちとせの頭がお花畑満開なのがいけないのだが…。
運命の人・ユキに彼女がいたことが発覚し、沖縄でのユキのキスに何の意味も持たなかったと判明した際のちとせの言動は嫌悪すら感じた。
自分の思い込みを棚にあげてユキに逆ギレするなんて重い女、というか本当に頭が空っぽなのかなと思わせる。

これは本書で一貫して言える事なのだけれど、主人公のちとせすらも一途な恋を全うするという感じがしないのが私の好みから外れるところ。
誰も彼もが「恋愛ごっこ」をしているだけのようにしか見えず、作品の質が軽いものになっている。
ユキも記号的なイケメンで、外見以外の好ましい点はないし、ユキとその恋人・清綾(さあや)も同じで軽い浮気なら互いに了承しているなどと大人の関係に見せかけた浅はかな恋愛をしている。
そこら辺にちとせが付け入る隙がありそうだが、早くも応援してない自分がいる。


中でも一番嫌悪を覚えるのはちとせの兄かな。
彼は若くてもお金持ちになり得る印税収入の「売れっ子小説家」という半有名人かつ知的で憧れの職業という設定。
沖縄でユキという運命の人に出会ったと興奮するちとせを唆して上京・高校編入の手続きを取った狂言回し的な存在。
飄々として優しい兄だけど、ユキに彼女がいたという現実を知って打ちひしがれる妹に向かって「予想通り」と言い放ち、沖縄に帰ると言い出す妹には「転入手続も親への説明も全部ひとりでできるならどうぞ」と行動を阻止する。
恩を売って、その弱みに付け込む独善的な兄には反吐が出る。

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(左)恩を売って  (右) 女性の自由を奪う悪徳ブローカー(兄)
なんだこれ、1話に登場したような悪徳スカウトは身内にいたって話か。
もしくは海外労働力を違法に酷使するブローカー。現代の女工哀史か(たとえ多すぎ)。

結局、気の置けない家事手伝いの労働力としてちとせを丸め込んだのか?
にしても新天地の高校に通いながら家事全般を担うって相当大変だと思うが、そんな描写もほとんどないからちとせの苦労が伝わらない。
親元を離れて生活を営む苦労を身をもって知るという事であればちとせを応援できるきっかけになったのに、どうも浮世離れした描写ばかり目につく(作者が作風などを踏まえて排除したのかもしれないが)。
あと相当な収入がありそうなちとせ兄と同じ間取りの部屋に住める大学生と高校生のユキ姉弟の財源はどこに?
重箱の隅を突いているのは承知してるが、現実感がもう少し欲しい。


ちとせが流れで所属する事になった祭部(まつりぶ)は「校内イベントを企画・運営する部」とのこと。
ただ、ここの苦労も描かれてない。
ここにいるのは選ばれた男女という感じだけだ。1巻では学園祭が開催されているのだから、もっとクリエイティブな作業や裏方の苦労を見せて欲しかったところ。
書類と睨めっこして仕事が出来る風を装ってるが、どうも前例を踏襲するだけのお役所仕事としか映らない。
絵はとても丁寧で綺麗なのだが、その分、汗や体臭など人間味までが全部そぎ落とされてしまっていて、全てが機械的な展開に映り、感情移入が出来づらい。