《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

ある日突然、難病を発症し、ある日突然、ご危篤になり、ある日突然、デートの為に生きる。That's life!

([お]9-1)困ってるひと (ポプラ文庫)

([お]9-1)困ってるひと (ポプラ文庫)

ビルマ難民を研究していた大学院生女子が、ある日突然、原因不明の難病を発症。自らが「難民」となり、日本社会をサバイブするはめになる。想像を絶する過酷な状況を、澄んだ視点と命がけのユーモアをもって描き、エンターテイメントとして結実させた類い稀なエッセイ。


テ、テンション高いなぁ…。熱でもあるんじゃないかって位のハイテンションな文章にまず驚かされる。ハイ、あるんです、熱が。著者は『二十四時間三百六十五日インフルエンザみたいな状態』なのだ。本書は、『一日ステロイドを二十ミリグラム服用し、免疫抑制剤、解熱鎮痛剤、病体や副作用を抑える薬、安定剤、内服薬だけでもろもろ三十錠前後』を以ってしても、『二十四時間途切れることなく、熱、倦怠感、痛み、挙げればきりのないさまざまな全身の症状、苦痛が続く』状態で書かれた本なのだ。著者は「治る」ことのない難病を抱える「困ってるひと」なのである。
と言っても、本書の文体は熱によるものではない。著者の意図的なものだ。私は本書を読む前から、読売新聞の読書欄のエッセイで著者の文章を読んでおり、短いエッセイの中での構成の素晴らしさ、紙面から溢れる知性、そして落ち着いた文体に好感を持っていた。だから本書における著者のは難病エッセイをより多くの人に読んでもらうため擬態である事を知っている。初出がWeb連載という事も相俟って、著者は読者の興味を一瞬たりとも逃さないように、このエッセイを『全力ダッシュで、マラソンを走っているような』難病エンターテインメントに仕立て上げたのだ。本書の中での著者は正直者である事に徹した。エンターテイナーである事に徹した。
起こった事をほぼ時系列で並べ読者に自分の経験や思考を追体験してもらい、そこからの眺め、見えてきた現実を共有する。日本の病院問題、医療制度、支援制度、もちろん金銭問題。彼女の覗いた深淵は暗く寂しい。そこでこの深刻で圧倒的な現実という苦味を包むオブラートが、この奇怪な文章なのである。文体擁護が続きますが、これが読者にマラソンを完走してもらう手段なのだ。このランナーズハイに突入したような文章でなければ、少なくとも私は、完走できなかったし、感想までの周囲の景色や自分の気持ちの変化など分からなかった。少しでも難解で、少しでも陰鬱さを感じれば本書を手に取りもしなかっただろう、そして無知のままであったろう。当たり前だが、ここにいる彼女が彼女の全てではない。彼女が呑み込んだ言葉、書かなかった数々の思いや出来事にも私たちは想像力を働かせなくてはならない。
とは言うものの、中盤以降、私も著者に段々と辟易としだしたのも事実である。それはちょうど、入院中の病院=通称「オアシス」生活でも「倦怠期」を迎え、様々な破綻が訪れた頃だ。彼女の相談癖、妄想癖、はねっかえりの強さ、頑固さ、視野の狭さ、この時期、彼女の直面する噴出する問題と原因を同じにする彼女の「彼女らしい」部分が、悪目立ちを始めた。本から溢れ出す彼女の声、声、声に一度耳を塞ぎたくなるのだ。
しかし、もしかしてこれも彼女の計算尽くの展開なのかもしれない。いや、そうに違いない。この立て続けに起こった事件がその後の彼女の決断の大きな理由になるのだから。その伏線のために張り上げた声なのだ。更に私には想像力も欠如していた。「おしり」事件以降、詳しく症状が述べられていなかったから、まるで彼女に痛みなど苦しみなどないように思ってしまった。自分には検査の一つも耐え切れる自信がないのに。最初だけは一方的に同情し、途中でその手を振り払う。典型的な偽善者の自分がとても恥ずかしくなった。
終盤、彼女は比喩ではなく、命を賭けて「オアシス」脱出を試みる。エッセイ上は、心に傷を負った彼女が個人的な欲望をかなえるため、という流れではあるが、私はそれこそ自由の獲得であり、彼女の生き方の選択だと思った。そして難病患者、ひいては病人というレッテルからの逃亡だと思った。病人は医師に従わなければならない、医師に不満を持ってはならない、医師を嫌ってもならない、意思を持ってはいけない、入院していなければならない、自分らしさを追求してはならない、病院倫理で動かなければならない。そんなの不健康だ。心の、自分という存在の否定だ。だから彼女は決死の覚悟で「自分の生き方」を選び、そして本書の連載という形で物書きとして「自分が生きる術」を模索した。本書は彼女が獲得した生き方の結晶だ。そして一歩踏み出した彼女は患者ではない。偉大な冒険家である。難病に冒されても、猪突猛進型の彼女の、彼女らしさは失われない。
余談:「おしり」のくだり読書中はずっと、座席や布団の接地面がムズムズしていた(笑)

困ってるひとこまってるひと   読了日:2013年04月17日