- 作者: 谷川流,いとうのいぢ
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2004/10/01
- メディア: 文庫
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夏休みに山ほど遊びイベントを設定しようとも、宿敵コンピ研が持ちかけてきた無理無茶無謀な対決に挑もうとも、ハルヒはそれが自身の暴走ゆえとはこれっぽっちも思っていないことは明白だが、いくらなんでもSOS団全員が雪山で遭難している状況を暴走と言わずしてなんと言おう。こんなときに頼りになる長門が熱で倒れちまって、SOS団発足以来、最大の危機なんじゃないのか、これ!? 非日常系学園ストーリー、絶好調の第5巻。
高校に入学した年(年度じゃなくて)が終わりかける5巻。この短編集の最後の日付は12月30日の夜で、いよいよ新しい年を迎える体制が様々な面で整った。本書はこれまで既刊4巻の作品の間を埋める作品が収録されている。ムラムラっと、本書を短編ごとに破いて時系列順に並び替えたくなる衝動が少しだけ湧く。
登場人物の心情的にも変化が見られる作品で、年末に大忙しな主人公・キョンは自分の感情に御託を並べなくなったし、古泉もSOS団に個人的な感情を抱き始めた。ハルヒは相変わらずだが、人の感情の機微に気づいたり、状況脱出の鍵になったり、これまでにない積極的な介入が見られる。これは、本来この世界の神であるはずのハルヒが、無自覚を宿命づけられているとはいえ、裸の王様になりがちな現状を打破するための繊細なバランスコントロールの様に思えた。そして後述するように、独立愚連隊SOS団として問題に対処するという伏線の一つであろう(多分)。
そして本書の影の主人公はSOS団内の宇宙人担当の長門有希だろう。本書収録の短編の共通点は長門有希の「暴走」原因について読者に情報を与えるという役目を持っている事だろう。そして今回はシリーズを通して最も便利で万能過ぎる長門の能力を(一部を除いて)使わないで、閉じられた世界からの「解」を導き出している。彼女のストレスからのバグ回避と、彼女に芽生えつつある願望の達成のためにSOS団は結束し始めた。何だかアイツがラスボスっぽくなってきましたが、どうなる事やら。それぞれに思いやりと覚悟を持ち始め、いよいよシリーズ物の楽しさが暴走しそうな予感がする。
- 「序章・夏」…現在日時は『退屈』の孤島ミステリと『溜息』の映画制作の間の8月下旬。ただし15498回目の8月下旬。
- 「エンドレスエイト」…何度も襲われる既視感の、その原因は自分が、世界が同じ時間を延々とループしているからだという。その首謀者(?)ハルヒは一体、夏休みに何をやり残したのか…? 時間のループを扱う作品だが、短編自体はループせず、最後の成功例だけ読めば良い安心設計。ループする時間の渦の流れを変えるに値する理由じゃなくて拍子抜け。ひと夏の経験、とは作品の性質上いかないだろうが、女子高生ハルヒの秘めた願望の方がそれっぽかったのでは。
- 「序章・秋」…『溜息』をついた数日後の11月下旬。そして物語は「暴走」が原因で『消失』に続く。
- 「射手座の日」…部室のお隣さん、因縁浅からぬコンピュータ研との艦隊戦ゲーム対決。主人公・キョンはハルヒの機嫌を損ねない終戦方法を画策するが…。SOS団各人の能力を別にすれば部活同士の抗争のお話。こっちはお話の割に長い。上記の通り本書は長門の能力を縛りつつ、人としての変容過程を記している。それでも超人的な能力だが。キョンとハルヒは無意識的に、もしくは意識的に無意識を装いイチャイチャしている。古泉じゃなくても、見ている側は何か言いたくなるのだろう。
- 「序章・冬」…『消失』の後半に内包されるお話。正式な後日談ではないが、各人に変化が見られる。
- 「雪山症候群」…『退屈』な嵐の孤島に続く茶番劇の前にスキーを楽しんでいたSOS団一行。しかしその途中で遭難してしまい、吹雪の山荘に迷い込み…。著者のミステリ好きの一面が見られるかと思ったら数学者の一面だった。タイトルから楽しみにしてたのに。翌日に行われる茶番劇だけでもう1つ短編を作って欲しいよ。物語としてはSOS団の結束が強固になり、長門の能力抜きでも世界の危機を回避できる事を証明している。キョンが素直になって、感情を露わにしているのが新鮮だ。古泉もこれまで以上に饒舌に、更には真剣さが違う。短編自体には面白さをあまり感じなかったが、ターニングポイントとなる作品だろうという感覚は確かに残った。ではよい、お年を。