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リンさんの小さな子

リンさんの小さな子

戦禍の故国を遠く離れて、異国の港町に難民としてたどり着いた老人リンさんは、鞄一つをもち、生後まもない赤ん坊を抱いていた。まったく言葉の通じないこの町の公園で、リンさんが知り合ったのは、妻を亡くしたばかりの中年の大男バルクだった。ところが…。現代世界のいたるところで起きているに違いない悲劇をバックにして、言語を越えたコミュニケーションと、友情と共感のドラマは、胸を締め付けるラストまで、一切の無駄を削ぎ落とした筆致で進んでゆく。


本書を読んだ感想には、読者の「本読み」としての属性が大きく関わってくると思う。例えば私は自分の事を「ミステリ読み」と(一応)思っているので、この本を「ミステリ的読み方」で読んだ。そうするともう、ある一点の事しか気にならなくて、その真相を知りたいがために物語を読み、この小説本来の味わいであるリンさんのバルクの友情は二の次に置かれる。元々がミステリではないので無理な注文だったのだが、ミステリの要素の少なさに勝手にガッカリし、友情の物語にも感動せずに終わってしまった。「情」より「理」を優先させて読むと、この二人の友情もいまいち論理的(?)でないので、理解に苦しむというのが本音。私は薄情だろうか?
しかし、そのある点に最初から気付こうが、後で気付こうがリンさんの純粋さは変わらない。リンさんの世界は孫娘「サン・ディウ」とバルクの方だけに向いている。周囲の評価に関わらず、彼は変わらず貴い存在なのだ。これは『アルジャーノンに花束を』の序盤によく似ている。序盤では頭の良くなる前の純粋無垢の主人公・チャーリィが周囲からバカにされ、からかわれている事にチャーリィ本人よりも先に読者が気づく。そしてこの物語でも読者は、周囲の人がどんな目でリンさんを見て、どんな人だと思っているのかを先に察する。この構造が面白い。言葉を理解しないリンさんの視点からでも、読者には周囲の人の陰湿な囁きが聞こえ、白い眼が見える。読者の思考力を借りて、この物語は何倍にも悲しく、切なくなるのだ。
ミステリを30冊以上読んだことがあるか、ないか、でこの本への構え方・楽しみ方が違うと思う。何度も言うけれど、この本は決してミステリではないので、多分、後者の方がこの本に関しては純粋に楽しめるだろう。

リンさんの小さな子リンさんのちいさなこ   読了日:2006年03月06日