店に入るなり男は一散にレジを目指し、五十円玉二十枚を千円札に両替してくれと言う。渡された札を奪うように受け取ると慌てて出て行く。本屋のアルバイト嬢に忘られぬ印象を残した、土曜日の珍客。爾来、彼女が友人知人にこの謎めいた両替男の話題を提供するたび談論風発、百家争鳴すれど決定打は出ないまま。…という紆余曲折を経て成立した、世にも珍しい競作アンソロジー。若竹七海提出のリドル・ストーリーにプロアマ十三人が果敢に挑んだ、世にも珍しい競作アンソロジー。解答者/法月綸太郎、依井貴裕、倉知淳、高尾源三郎、谷英樹、矢多真沙香、榊京助、剣持鷹士、有栖川有栖、笠原卓、阿部陽一、黒崎緑、いしいひさいち。
こんなタイトルの書籍、後にも先にもこの本だけでしょうね。あらすじにある通り、作家の若竹七海さんが実際に体験した奇妙な両替。その真相はなんだったのか?その真実が現役作家と公募によって推理される、という内容。
この企画の中心人物である若竹さん・法月綸太郎さん・依井貴裕さん(この方の本は未読…)が文中で解説している通りに、初めに例として推理を披露した法月・依井の両氏がどちらも真相を出版業界や内輪ネタに重きを置いているために公募された内容、作家陣が考えた短篇もパロディにすぎないものが多く、残念。提唱した本人たちが、この企画をあらぬ方向に導いてしまった、のではないかと責任を追及したい。そんな中でよかったのはしっかり硬貨に着目している高橋謙一さん(現・「剣持鷹士」)がよかったですね。謎に対して正当に対面してます。こういう推理をしっかり並べて欲しかった。後は佐々木淳さん(現・倉知淳)の名探偵「猫丸先輩」が初登場しているところ。シリーズとしての作る魅力がもう備わっていますね。
気付かされたのは現実の謎は、名探偵を生み出した作家にとっても真相は暴けないということ。名探偵が明かす真相とは作家の想像の中のことでしかない、と改めて思ったしまった。そして、現実にあったことだからこそ、真相が分からないもどかしさだけが残ってしまった。カタルシスとは真逆の気持ちです。