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インシテミル (文春文庫)

インシテミル (文春文庫)

「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給十一万二千円がもらえるという破格の仕事に応募した十二人の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それはより多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった―。いま注目の俊英が放つ新感覚ミステリー登場。


高純度ミステリ。この作品には自分の「ミステリ愛」が試された気がする。本書に登場する古典を読んでいるか、用意された小道具の元ネタが分かるかという経験値や知識の蓄積もそうだが、増え続ける犠牲者をロジカルなカタルシスを得る為だと割り切って読めるかといった意味での「ミステリ愛」も試された気がする。
そういう点では私は入り込めなかった。ノット インシテミル。この小説は導入も余韻もない。登場人物には少しの特徴とゲームのルールが与えられているだけ。けれど小説として人情として、動機が欲しい、背景が欲しい、人を殺す価値が欲しかった。この話の中では人間関係上の利害は無きに等しく、登場人物の<実験>参加理由は一つだけ。だからこそ探偵は犯人の目的を指摘できたのだし、読者にとっても「過去の因縁」や「血の宿命」など、どうしても後付けにならざるを得ない心理的要因を排除した「フェア」の為の動機の欠如なのだろうが…。
閉鎖空間で、参加者の利害関係の無い中で人が死ぬ、殺されたかもしれない。そういう緊迫した状況の中でも絶えず語られるのは優越感や劣等感、自意識や人間間のパワーバランス。この辺は米澤穂信さんならではの描写。特に終盤、主人公が××される場面はパワーバランスが良く表れていた場面だと思う。また自意識の高さから「他人を見下す若者たち」が多い。そして、そういう彼らだからこそ嘘や虚勢で相手を牽制し、殺人という異常事態でも全員が情報を共有しないという事態に陥る。暗鬼館が疑心暗鬼館になったのはゲームの性質だけではない。
もちろんミステリとしても上手いな、と思わされた場面は幾つもある。が…。
作者・米澤穂信は本書では<神>である。<神>は「世界とルール」を創り出そうとした。クローズドサークルとその中でのルール。終盤、その世界が崩壊しそうな場面がある。が、崩壊しない。それどころか登場人物が世界を壊す前に<神>が無理矢理、終劇させた感がある。デウス・エクス・マキナ。事件が解決したら後は幕を下ろすのみ。カーテンコールもない。でも次回作の予告(?)があったか。なんだかこの終劇のさせ方は、人が次々と簡単に死ぬのは所詮、虚構のお話だからですよという<神>の言い訳に聞こえなくもない。
(以下、妄想:反転→)果たして須和名は関水が指摘したとおりに傍観者・観察者なのだろうか。最初は<神>の分身だと考えたけれど、それよりも<神>と同じ職業の者なのでは? 彼女は別世界では創造主であるが本書では登場人物兼<読者>として<神>の創る物語を訪れただけの存在。彼女の属性が<読者>だから不死であり、殺人の対象にならない。そして彼女自身もそれを知っているから<夜>も眠れる。<読者>だから彼女の武器・殺害方法はドクシャツ(毒殺)、なんつって…。
結城が彼女に対して感じる気品や身分の違い、そして数日一緒に過ごしても近づかない距離感。それらは本当に<世界が違う>からではないだろうか。彼女が「滞って」いるもの、それは締め切りや新刊のアイデアかな…? 物語の出口で彼女は<登場人物>から<主人><神><創造主>に戻る。だから、あのラストなのかな、と。
そう考えると須和名の言うルールや構造物の不徹底など、何から何までの瑕疵は全て次回作への踏み台になっているのかも…。先に不完全なものを提示して、次作こそが完全体。今回は須和名・作者にとっては小手調べ的な作品…?(←)
とか言いながら、全然違ったりして…。 その時は即、削除(笑)

インシテミル   読了日:2007年10月04日