- 作者: 吉田順
- 出版社/メーカー: 学研教育出版
- 発売日: 2011/02/16
- メディア: 単行本
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真央、20年間の全軌跡。誕生から20歳の全日本選手権まで。浅田真央が感じた、すべての喜び、苦しみ、悔しさ、そして、感謝の思い。バンクーバー五輪で頬をつたった「悔し涙」。それは、浅田真央にとって新しいスタートとなった。苦悩や葛藤、悔しさを、前に進むエネルギー、そして笑顔に変えて、浅田真央の、ソチ五輪に向けての新たな物語が、いまはじまる。
フィギュアスケートのスピンやジャンプの技術の高さを褒める際に、「軸がぶれていない、軸の取り方が上手い」という言葉がよく使われる。本書の主役である浅田真央のスケート技術の高さにもこの言葉が用いられる。しかし本書を読了して、浅田真央のスケート人生こそが軸のぶれないものであったという事が鮮明に浮かび上がってきた。これを成し遂げたのは著者の浅田真央という選手の本質の見極め=軸、その取り方が上手いからに違いない。
本書は本当に「真央本」と呼ぶのに相応しい、真央だけに焦点を当てた本である。『舞は、真央にとっての「たった一人のライバル」』であり、『真央にとって何よりも大事だったのは、「自分の思った通りに滑れる」ということ』だったという2つの軸を失わない。この関係性・信念を正しく前面に打ち出した事が本書の要になる。姉の舞は真央のスケート人生での大事な伴走者であるし、リンクの上に真央の頭に他の選手の存在はない。マスコミが煽り立てるライバル対決の構図も、ルール改正に対する怒りも、浅田真央を賛美するあまりその文章に潜む独り善がりな自己陶酔もここにはない。本書にあるのはリンクにおける浅田真央の凛とした姿だけである。人として浅田真央に魅かれながらも、その文章からは主観や華美な表現を極力排する絶妙な距離感・冷静な視点が心地よい。数ある浅田真央本の中でも出色の出来にした要因は、浅田真央を「妖精」や「天才」といった単語で安易に賞賛せず、努力の天才であるとした点だろう。努力の過程でのもがきと結実、それがより一層、本書に厚みを持たせている。
過去の試合の成績や内容は変わらないから、真央本の出来不出来は作者の筆力・構成・分析・新事実の発掘で決まる。本書は浅田真央とフィギュアスケートの出会いという導入部から、今後の展望まで程好いスピードで駆け抜けながら過不足のない情報を凝縮している全体の技術が素晴らしい。また浅田選手自身の事はご家族をはじめとした身近な人のコメントを、フィギュアスケートの技術的な解説は専門家であるコーチや元選手のコメントを多数採用するなど、説得力の高い情報ばかりを並べ濃いプログラムになっている。
しかし真央のその信念の一方で、『成功しても失敗しても、すべてを自分で引き受けたい。言い訳は絶対にしたくない。』とする『真央の考え方』は、彼女の不振の本当の原因を知る事を阻む事もある。不調や怪我を語らない部分が多いから、様々な憶測が飛ぶ。本書はその不足を埋めてくれる。シーズンの好不調に関わらず悩まされる試合の前の怪我、メンタル状況、技術的な問題、それらを本書が代弁してくれる。初めての事実と共に、言わなかった彼女の精神力に脱帽する。
2008年シーズンまでの出来事は、以前に読了した『浅田真央 age15-17』の内容とほぼ同じ。しかし彼女を初めて世界女王へ導いた靴の修理に小塚嗣彦コーチや佐藤信夫コーチが尽力してくれたのは初めて知るエピソードだった。スケート界は狭く、そして温かいなぁ。名古屋では小塚コーチが数年前から私の知る以上に彼女のスケートに(靴の選定・スケーティング技術)深く関わっていた。
そしてオリンピックシーズンの彼女の動向を本書で初めて知れたのは幸運だと思った。前述の通り、徹底して彼女のスケート人生そのものだけを捉える本書だから試合後、混乱した頭で涙とともに出た言葉の意味も分かるのだ。『自分の思った通りに滑』れなかった彼女の悔しさ。涙の理由はメダルの色ではない。
本書の評価とは別に、オリンピックまでの4年間を通して読むと、浅田真央の周囲が十分な体制が整えられていなかったように思えるのも事実。世界的コーチのタラソワをコーチに迎えながらも、技術的な部分は自主練習でしかなかった。名古屋にいる長久保・小塚コーチたちが自分の仕事の範疇を越えて助力する。それはそれで良い話なのだが、口を挟まずに入られないほど袋小路に入り込む練習法・体制は準備が足りなかったのではないかと思わざるをえない。2010-11年の新体制の充実ぶりや、あの時期のジャンプの力みを見るにつけ、母なり大人たちはちょっとブランド名に目が眩んだかな、と残念に思う。
ジャンプの矯正には、これまでそのジャンプを飛んだ回数・年数と同じだけかかるという話から、今後もまだ苦しい時期は続くかもしれない(実際に2010-11シーズンも苦しかった)。しかしスケートバカを自称する信夫コーチの言う『究極のスケーター』という目標が彼女にはある。彼女のスケートはさらなる高みを目指し、そこに到達する、それは間違いないだろう。本書を読んで改めてそう確信した。