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大地の子 一 (文春文庫)

大地の子 一 (文春文庫)

陸一心は敗戦直後に祖父と母を喪い、妹とは生き別れになった日本人戦争孤児である。日本人であるがゆえに、彼は文化大革命のリンチを受け、内蒙古の労働改造所に送られて、スパイの罪状で十五年の刑を宣告された。使役の日々の中で一心が思い起こすのは、養父・陸徳志の温情と、重病の自分を助けた看護婦・江月梅のことだった。


私は酷い差別を受けたことがない。私は迫害されたことがない。私は戦争を体験したことがない。この全てがどんなに幸福なことか、改めて考えることは少ない。それは先人たちの犠牲に対し、最も失礼なことかもしれない。
本書は非常に重厚なドラマである、としか言えない自分が歯痒い。一人の日本人戦争孤児の壮絶な人生を中心に、戦争終結後も残る民族間の遺恨、中国の政治体制の変遷とその暴走を背景に細かく描くことによって、歴史の流れという大きな河を浮かび上がらせている構成に震えた。この物語の画素数の多さは綿密な取材によるものである。この大きな流れに翻弄されながらも日本人孤児の中国人・陸一心の「生きる」という人間として当たり前かつ根源的な姿勢、そして、それを支える養父母への想いに、ただただ胸を打たれる。
この本で私が一番考えさせられたのは、戦争による他国への侵略の犠牲と、政治による文化・思想への侵略の犠牲者のことだった。中国で終戦を迎えた日本人の松本勝男に、日本からの助けはなく棄民として見捨てられる。その後、死の危険を乗り越え、中国人として育てられた陸一心に時代が凶暴に牙を剥く。中国国民の中国国民への弾圧、その理由は捨てられたはず日本の捨てられない日本人の血だった。どちらでもありながら、どちらでもない、この境遇が一心をどこまでも苦しめる。出自の源流と時代の奔流は一心を容赦なく押し流すのだった。
高い知性を持ちながら冤罪での流刑や、収容所の中での囚人達の連帯感は、山本周五郎『さぶ』と重なる部分があった。どちらも、苦難の壁を前にしても、人間らしく生きることを忘れず、壁に立ち向かい続ける強い姿勢と精神に感服させられる小説である。といっても、この本は全4巻のまだ1巻目。これから陸一心にどんな運命が待ち構えているのか。色々と考えさせられる事の多い小説だが、次の展開が気になり、読む手の止まらない小説でもあります。

大地の子たいとる   読了日:2006年07月21日