《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

本シリーズの特徴は話題の些末さ、否、多方面性のため、なかなか進まず、本題が何か忘却、否、もともと本題などない、というまさに人間の思考、会話、関係を象徴する点にあったのだが、前作で人気作家となりし水柿君なんとあっさり断筆、作家業を引退宣言。限りなく実話に近いらしいM(水柿)&S(須摩子)シリーズ、絶好調のまましみじみ完結。


M&Sシリーズ三部作の3作目、つまりは最終巻。いつの間にか助教授は准教授へと呼称を変えてしまったし、そもそも助教授としての水柿くんの描写なんて無きに等しい…、の完結編。前作ではミステリ業界に足を踏み入れて知った業界の不思議が語られていたが、今回はお金持ちになって分かったお金持ちという存在が語られる。ある意味で本書のテーマは個人の欲望とその限界と言っても過言ではない、はずだ。個人が数十億円という金額を手にした時のその使途とは? 多くの人が夢に描く「お金持ちの生活」、その実体を赤裸々に語る…。
まず水柿くんは2億円で家を買い、1億円を庭や外壁の修繕に使い、ネットオークションで趣味の模型に1億に達するほどのお金を使った。2千万円で建てたガレージには5台のスポーツカーが収容されている。家の中は5百万円でキッチンをリフォームし、26台の新型パソコンや10数台の掃除機があり、家具はもちろん超高級品。別の場所にある東京ドームほどの広さの土地は手付かず状態。水柿くんは1ヶ月に百万円ほど買物をするが、収入はその十倍は優にある…。
…うーん、書き出してみるとお金持ちの嫌味にしか思われないか。ただし、ここで支出が飽和状態になるらしい。分かりやすい例が妻・須摩子さんの趣味である読書。どんなに頑張っても1日2,3冊しか読めないから書籍の購入金額はそれ以上にはならない。結局、お金の限界よりも時間の有限性と個人の欲望の限界が先にやって来るみたい。
でも本書が私小説としてもエッセイとしてもいまいち面白くない原因は水柿くんに変化が乏しい事だろう。過去2作では1作目が大学の職員としての話、2作目はいよいよ作家・水柿の誕生秘話だった。しかし本書では水柿くんは徹頭徹尾「お金持ち」でしかない。唯一の変化といえば家族の一員に犬のパスカルが登場した事で、本書はパスカル特集号でもある。須摩子さんのパスカル溺愛振りを冷ややかな目で見る水柿くんだが、小説に長々と自分の犬の描写を書ける彼も彼である。結論としては、金銭よりもこういう生活が幸せの本質であるらしいが。
ただ、お金が有り余って困る、犬が可愛いくて困る、なんて書き続けられても読者も困る。まぁ、困らせるのも狙いの一つなんだろうけど…。作品を読んだ時点で、森博嗣や水柿くんに興味がある時点で我々の負けなのだ。
最後に私が感動した一文を。単行本14頁3行目『十六、SMAPがあんなに歌が下手だとは思わなかった。』。周知の事実ながら言えない、この禁句を口にした勇気に拍手。

工学部・水柿助教授の解脱たいとる   読了日:2008年06月07日