- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 1997/06
- メディア: 文庫
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織口邦男が勤める釣具店に、関沼慶子は鉛版を買いに来た。不審に思った織口は、彼女が銃を持っていることを知り、ある計画を思い付く。そのためには今晩じゅうに銃を盗まなければならない。が、その晩、彼女は元恋人・国分慎介の結婚式に散弾銃を持って現われた。新郎新婦が雛壇に戻る瞬間を狙って…。スナークとは何か…!? 人間の真実を抉る傑作サスペンス。
物語は一人の女性が元恋人の結婚式に銃を携えて乗り込むシーンから始まる。これから修羅場が訪れる、という下世話な興味も含めて冒頭部分だけで早くも心を掴まれる。その後、銃にはある仕掛けが施されている事が判明するが、なんとその銃は女性の知人に強奪され…、と序盤は怒涛の展開が続く。
ただし中盤、銃が奪われて以降は物語は大きな動きを見せない。登場人物たちが東京からある場所へ長距離・長時間の移動を始めるからだ。しかしスタートダッシュ後の、この移動時間によって読者は銃を奪った織口の目的や登場人物たちの内面を初めて深く知っていく。移動の間にも織口の背後には捜査の手が忍び寄ってくるし、更に織口は強奪した銃が自分を危険に追い込むという事実を知らない。そして織口の行動を阻止すべく追跡を開始する今日知り合ったばかりの若者2人。追跡劇や彼らの緊張・焦燥が動きのない中盤を見事に牽引する。
本書は復讐・裁きの物語だ。自分で罰を下せるだけの力を目の前にちらつかされ、少しずつ堕ちていった人間たち。偶然にも同じ日に銃による復讐を計画していた悲しい2人。そして銃の標的は冒頭の慶子の私怨から織口の私刑に移る。
人を殺す決意を胸に秘め、人を殺す道具を胸に抱く織口。しかしそんな彼だが目的達成までの行動は誰も傷つけない方法を選び続ける。移動手段を失った際、次は銃を使って車を徴発する手段もあるし、もし被害者の警察への駆け込みを恐れるならそのまま運転させても良い。しかし彼は誰かに危険・迷惑の及ぶような手段は取らない。それどころかヒッチハイクした車に乗っていた父子の、その子供を危険から守った。それは「性善説」の行動そのもので、彼の本質もそこにあるはずだ。しかし義憤・絶望・巨大な悪意は彼を飲み込み…。
読了して読者はどんな気持ちで本を閉じるのだろうか。やはり読者としては織口(また修治)の行動に少なからず賛同するだろう。しかしそれは私刑を認め裁判の意義を否定する事に繋がる。織口の行動は反社会的である事には違いない。私怨から始まった本書は最終的に裁判制度の限界(特に若い犯罪者の量刑)まで問う社会派にまで変容した。宮部みゆきという怪物こそ恐るべし。
振り返れば作中の経過時間はたった10数時間。しかしこの一夜は多くの人間の人生が凝縮された夜だった。だから彼らの人生の長さと同じぐらいの重みを感じる。
(ネタバレ:反転→)病院前で織口が犯人たちに銃を向けて放った一言にはビックリした。結果的にその一言こそ刑を決定する彼の裁判だったのだが、一瞬、彼は仲間なのだと思ってしまった…。誤読も甚だしいが銃声よりも驚かされた。(←)