- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1995/08/30
- メディア: 文庫
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近江屋藤兵衛が殺された。下手人は藤兵衛と折り合いの悪かった娘のお美津だという噂が流れたが…。幼い頃お美津に受けた恩義を忘れず、ほのかな思いを抱き続けた職人がことの真相を探る「片葉の芦」。お嬢さんの恋愛成就の願掛けに丑三つ参りを命ぜられた奉公人の娘おりんの出会った怪異の顛末「送り提灯」など深川七不思議を題材に下町人情の世界を描く7編。宮部ワールド時代小説篇。
あらすじ通り『深川七不思議を題材に下町人情の世界を描く7編』。本書には確かに『下町人情』も描かれているのですが、それより前面に見えるのは江戸の世知辛さ。真面目にコツコツ生きている者たちほど、他者の欲望や悪意によって翻弄されてしまう。明日の保証も安心ない江戸の町の様子を読んでいると息苦しくなった。しかし多くの短編では最後に登場人物たちは人情によって前向きさを取り戻す。そこら辺は宮部さんらしい優しい救済方法だな、と思った。
しかし時代物の短編はどうしてもどれも同じように見えてしまう。同じ宮部作品でも現代物の同じ年代の同じように聡明な少年たちが主人公の物語はそれぞれに個性が見えるのだけど…。時代物だとどの主人公たちも「町娘」という同じ存在にしか見えない。これまで読んだ宮部作品の時代物の多くが短編だからだろうか。今後、現代物より時代物が多くなる宮部作品なのに…。困ったものです。
- 「片葉の芦」…あらすじ参照。反発する父と娘の、それぞれの行動。どちらも「人のため」という思いから始まってはいるのだが、その質は全く違うものだった。ラスト3ページで粉々に砕かれた長年の思いだったが、最後のページで予感される新しい思い。悲しい出来事の中、最後の明るい予感にだけ救われた。
- 「送り提灯」…あらすじ参照。2編続けて恵まれた環境で育った「お嬢さん」に腹を立てる。我慢ならないのは、貴女の傲慢さだ。狐も狸も人を化かしたりしないのならば、後ろに居るのは人だけ。それはおりんを見守る「誰か」。
- 「置いてけ堀」…若い未亡人のおしずは、堀に出る怪物の噂を聞く。その後おしずは怪物の声や足跡を続けざまに見て…。怪物の特徴一つ一つが謎解きされていく様は面白い。けれど事件の動機は余りにも身勝手で辛かった。
- 「落ち葉なしの椎」…近々嫁ぐ家の庭の木の落ち葉が、下手人の足跡を残さなかったと知り、毎夜、掃除をするお袖だったが…。下手人の特定よりもお袖が落ち葉を掃き続ける理由とその心情に焦点が当てられている。
- 「馬鹿囃子」…半年前から頭の中で人を殺すようになったお吉。彼女の耳には自分をはやす「馬鹿囃子」が聞こえる…。結婚を目前にした女心の話。「馬鹿囃子」は人を嘲笑する者の心の声。お吉はただ純粋な子だったのだろう。
- 「足洗い屋敷」…何時でも優しく美しい義母。だが彼女の子供時代は思い出したくもないほどにひもじかったと言う…。犯人は一番怪しい人物。殺人(未遂)方法は単純で現代でも使える。だからこそ怖い。これもラストが救いに。
- 「消えずの行灯」…天涯孤独で独力で生きてきたおゆう。ある日、彼女に事故で死んだ子供の身代わりが提案されて…。江戸版女性ハードボイルド。欲に目が眩んだ夫婦、無言で傷付け合う夫婦。それを見て、おゆうはまた独りで生きる。