- 作者: 宮部みゆき
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 1994/10
- メディア: 文庫
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13歳の八木沢順が、刑事である父の道雄と生活を始めたのは、ウォーターフロントとして注目を集めている、隅田川と荒川にはさまれた東京の下町だった。そのころ町内では、"ある家で人殺しがあった"という噂で持ち切りだった。はたして荒川でバラバラ死体の一部が発見されて…。現代社会の奇怪な深淵をさわやかな筆致で抉る、宮部作品の傑作、ついに文庫化。
本書はバラバラ死体という宮部作品にしては珍しく凄惨なシーンから始まる。この殺人事件を公の立場から捜査するのは父で刑事・道雄、町中でこの事件の犯人と噂される人物と私的に接触する中学生の息子・順、そして父子家庭であるこの家を切り盛りをする家政婦のハナ。この三人を中心に急速に変わりゆく町、そして同じく変化する人と人との関係を鋭い視点で描いている。
ミステリ作品として事件そのものの顛末も勿論気になったが、背景として描かれている様々な人の生き方・思考に触れて色々と考えさせられた。舞台となるのは新しい物と古い物が入り混じった下町。事件という横糸に、今と昔、戦争と平和、老人と若者といった時間軸という縦糸が巧みに編まれている。
事件の真相もよく練られて考えられたものであるが、本書の一番の驚きは宮部さんの先見の明。今までに読了した作品でもその慧眼には恐れ入ってきたが、本書の殺人犯の造形・思考はこの時代の小説の中では珍しいのではないだろうか。むしろ出版後に時代が追いついて、リアリティが増している可能性もある。現に90年代の後半にはこのような犯罪が連続して起きてしまったし、作中の法律も取り沙汰され改正される事になった。このように時代を先読みするからこそ、長く愛されるのだろうか。本当に怖いぐらいに現在でも「現代的」な小説だった。
後半に幾度となく使われる「想像力」という言葉。そして最後に出てくる「世代(の責任)」という言葉。解説の方も書いていたが、ここに作品の主題があるのだろう。この言葉がなければこの作品の殺人犯である、あの世代だけの犯罪だという意識が読者に残ってしまう。だが、宮部さんは更にその上の世代の責任にも言及した。「世代」というと横並びのイメージがあるが、一つの「世代」は単体では存在せず、社会はその「世代」が上下に重なっているものという事を忘れがちである。
登場人物では宮部作品で生き生き活躍する少年・順や慎吾ももちろん好きになったが、本書ではやっぱり八木沢家の提督・ハナさんが輝いていた。ハナが順の祖母、画家の東吾が祖父のように順と温かく接している場面が心に残った。ただ速水刑事がもう少し活躍すると思ったのに優男のという事だけしか伝わらなかったのが惜しい。もう少し彼の鋭い一面が見せてみたかったなぁ。