- 作者: 松尾由美
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1996/08
- メディア: 文庫
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「入居資格は伝統的家族制度に挑戦する家族であること」友朗が住む地園田団地は、設立者の大富豪の意向で、主夫のいる逆転家族や血縁のない契約家族、同性愛カップルなどが住む実験団地だった。そんな風変わりな場所に今度引越してきたのが小田島博士一家。しかし博士は到着早々何者かに誘拐されてしまった!友朗と団地住人たちは、博士の娘の美宇を助けて真相解明に乗り出すのだが…。不思議な街のユーモアミステリ。
一応「ミステリ」と銘打たれているけれども、非常に広義のミステリであることに注意されたし。少し変わった団地での、奇妙な誘拐事件をその団地の住人たちで推理・解決しようとするミステリ要素もある事にはあるのだが、ミステリだと思っていると、ラストの真相解明の場面で肩透かしを食らうだろう。また、誘拐事件と関連した謎の一つである「究極の女性解放装置」の真相も、そう呼ぶに相応しいか疑問。まだ「人工子宮が普及した社会」の方がそれらしく思えた。解説の通り、ユーモアミステリというよりも社会派コメディ、として読んだ方が良いのかもしれない。
本書は誘拐を扱いながらも、変わった登場人物たちのお蔭でさほど深刻にもならず、流れるように話が展開する。非常に読みやすい小説ではある。が、風変わりな団地の設定、団地のある街での置かれている位置や囁かれる評判、住人それぞれのキャラクタなど面白くなりそうな要素を持ちながらも、それを前面に出さないが為に、予想以上の面白さとは無かった。逆転家族・契約家族・同性愛カップルなど様々な人たちが暮らす団地という設定の奇抜さを活かせば、工夫次第でもっと面白くなりそうだという感じがするのだ。もっと彼ら特有の生活様式や悩みなどを丹念に描いてくれれば良かったのに…。設定としては、かなり面白いだけに残念。
登場人物では友朗と、友朗の父を好きになった(結局、母は最後まで登場せず)。いつでもニュートラルにいようとする姿勢が好ましい。この小説では、マイノリティがマジョリティ側から常に受ける偏見や差別が暗に書かれている。そのマイノリティの集合であるこの団地の住人たちは、白い目を向けらている事を知りながらも、それでも卑屈にならずに生きている。マイノリティの権利や差別だけを声高に訴えるでもなく、「普通」に暮らしているこの団地の住人たちの姿は好感が持てる。