- 作者: 枡野浩一
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2006/11/17
- メディア: 文庫
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ハーフの美男子なのに内気で、いまだチェリーボーイの大学生、克夫。憧れの先輩、舞子にデートに誘われたが、連れていかれたのはなんと短歌の会!? しかも舞子のそばには、メガネの似合うプレイボーイ、天才歌人の伊賀がいた。そして、彼らの騒々しい日々が始まった…。カフェの街、吉祥寺を舞台に、克夫と伊賀、2つの視点で描かれる青春ストーリー。人気歌人による初の長編小説。
短歌は自由だと読書中にその認識を改めて、どれ私も一首作ってみようかなと指折り文字を数えたりしたぐらい、その敷居を下げてくれた本。ほとんどの読者は初心者・克夫と似たような知識しか持ち合わせていないだろうから、天才歌人・伊賀の丁寧なレッスンは目新しく映り、短歌というジャンルの懐の広さに目を丸くするだろう。引用されている短歌はどれも自由度が高く「短歌ってこんなんでいいの?」と思い、それにより「自分にも短歌が作れるのではないか」と指を折り始める。その時点で本書は短歌の啓蒙という役割を十分に果たしている。また他に類を見ないほどの吉祥寺小説であることも明記しておこう。
巻末で初出がケータイサイトの連載と知って妙に納得してしまった、そういう内容と出来である。チェリーボーイ・克夫とプレイボーイ・伊賀の3ページずつの交互視点による構成とそれによって生まれるテンポの良さは連載の形態ゆえだったか。また美男純情童貞の克夫と眼鏡傲慢色欲の伊賀という2人それぞれの忘れられないキャラクタ、そして特に伊賀パートのえげつなさと彼の禁断の想いはケータイ読者に次回も読んでもらう為の「引き」であったか。このHなシーンを頻繁に挟む手法は、漫画連載(特に青年誌)のそれだなぁと思いながら読んでいた。
しかし後半は上述のケータイ小説ならではの特色が段々とわずらわしくなってくる。前半はテンポを生み出していた視点交代も、物語が大きく動く中〜終盤には3ページでブツ切りにされる構成がスピード感を削いでしまう。各自たった3ページしかないのに最初の1ページは前のページと内容が重複している事が多いため(ケータイ読者のためか)、ノロノロ渋滞やCM明けにCM前と同じ場面が繰り返されるテレビ番組のような苛立ちが生まれた。克夫と伊賀、どちらかに大きな動きがあっても1人3ページで強制終了のため、盛り上がるべき所で盛り上がれないのは小説として大きな欠点だ。
上記の事もあり本書は後半に進むにしたがい評価を下げるのだが、その中でも大きな欠点として挙げられるのは、全体の構成だろう。果たして作者は結末を考えてから書き出したのか、と疑問に思わざるを得ない意味のない登場人物の多さと広げた風呂敷の数々、そして後半の急展開だった。主人公2人を取り巻く癖のある人々(多くは女性)だが、彼らについて言及したかと思いきや、いつの間にかにフェードアウトしていく。それは結社や短歌界についての説明も同じで、中盤まで伊賀の師匠の案山子が幅を利かせていたと思ったら、その後消息不明。最後に大きな役割を果たす女性陣よりも思わせぶりな御仁であった。前半の伊賀の想いにも特に意味があるとは思えないし、全100段(?)の全体の並びは美しくない。特に伊賀さんには色々と食い散らかされたという印象しか残らず、全ての恨みは彼に向かうのであった。
良かったのは克夫くんが歌集を読み続け、貪欲に知識を吸収しているのが分かる場面が数多く見られたこと。彼だけが良心的だった。