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プリンセス・トヨトミ (文春文庫)

プリンセス・トヨトミ (文春文庫)

このことは誰も知らない。五月末日の木曜日、午後四時のことである。大阪が全停止した。長く閉ざされた扉を開ける“鍵”となったのは、東京から来た会計検査院の三人の調査官と、大阪の商店街に生まれ育った二人の少年少女だった…。前代未聞、驚天動地のエンターテインメント、始動。


京都でオニを遊ばせ奈良では鹿に喋らせる、貴方の知らない「裏ニッポン」を奇想するマキメーの新作の舞台は大阪。題材はまさしく「裏ニッポン」。大阪には知らない事がいっぱいあるんやで〜♪ セーラー服 ジャージ お好み焼き〜♪
敢えて言おう、万城目学の最高傑作!、…の逆であると。まずは設定のディテールに凝りすぎて本来の作者の持ち味である奇想の爆発が抑制されてしまった事が非常に残念。折角の壮大な構想も妙にチマチマとした論議の上でしか浮上してこないのは非常に勿体無い。今回は徹底的に「動」のインパクトに欠けていた。そして何よりも苦痛だったのは序盤の退屈さ。150ページまで何一つ事件が起きないのだ。作者を擁護するならばそれは本書の「秘密」が秘密であるが故の設定上の制約であり、何も知らない者たちがいつもの日常から離れ重大な秘密に接近するのが面白みとも言えよう。だが、このスロースタートは読者の心証を悪くするに違いない。本書は作者最長の小説と同時に最冗長の小説でもある。そこかしこ水増した形跡が見られる、と会計検査院に指摘されてしまうような無駄が多い。
今回、大阪で「裏ニッポン」の秘密に肉薄するのは出張で大阪に訪れた39歳の会計検査院の男性と、ある悩みを抱える地元の中学生の二人。これは作者初の非・20代男性の視点。行き当たりばったりの20代に比べると前者は落ち着きすぎて、後者は内向的すぎて物語を掻き回してはくれなかったが…。本書はこの会計検査院と中学生のそれぞれの視点から語られるのだが、これがまた巧くない。最後まで視点も時間軸も定まらず物語が円滑に進まない要因となった。一方がある秘密に接触したかと思うと、次の章では視点の変更と共に時間も巻き戻っていたりで読者をいつまでも興に乗せてくれない。それは後半、事態が込み合えば合うほど顕著で、場面転換の度に緊迫感が散漫になってしまった。
…と悪い事ばかり書いてきたので、ここでフォローを。もしかしたら作者は本書で脱(非)・ファンタジー第1作を目指したのかもしれない。本書にはオニや鹿など人に在らざる者は登場しない。飽くまで人の人による人のための「裏ニッポン」が描かれている。なので本書はファンタジーでないどころか、この設定だけはノンフィクションの可能性だってある(まさか…)。だから作者は今まで以上にディテールに拘ったのかもしれない。「神様のいない日本シリーズ」である本書の世界では会計検査院の冷静な男すら揺るがす歴史的・法的な根拠が必要だったのだ。
本書の秘密が人のための制度である事と、ラストに明かされる本書のテーマともいえる「なぜ人知を超えた制度が現在まで持続可能だったのか」に対する答えとの親和性はかなり好みである。ここで本書が脱(非)・ファンタジーである事が活きてくる。ここは人情の町・大阪。奇想の中で人間(端的に言えば××)の繋がりを描くと言う点では本書が好きだ。ラストまでが長いけど…。
余談:『十月に地震が頻発』との文章は『鹿男』関連かしら?

プリンセス・トヨトミ   読了日:2009年07月05日