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アラビアの夜の種族 III (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)

栄光の都に迫る敵軍に、エジプト部隊は恐慌を来し遁走した。『災厄の書』の譚りおろしはまにあうのか。奴隷アイユーブは毎夜、語り部の許に通い続ける。記憶と異界を交差しながら譚りつむがれる年代記。「暴虐の魔王が征伐される。だが地下阿房宮の夢はとどまらない…」。闇から生まれた物語は呪詛を胎み、術計は独走し、尋常ならざる事態が出来する! 書物はナポレオンの野望を打ち砕くのか?? 怒涛の物語、第三部完結篇。


第三部。全ての終わり。まず全体の簡単な感想を先に述べますと、夜間に語られていた物語の結末は大団円で大満足。けれど昼間に謀られていた奸計は掲げられた大胆不敵な予告に比べると不満足の着地点。語らない美しさがあり、終わらない物語こそが物語の存在を不滅にするのかもしれないが。
まずは大満足の語られてきた『災厄(わざわい)の書』の感想から。第三部に入り、魔王アーダム・偽りの勇者ファラー・アホの勇者サフィアーン、そして淫靡な蛇神様の4人の構図が一層ややこしくなってきた。それぞれの宿願・奸計・運命によって2人は1つになり、誤解が誤解を生む。私のお薦め人物は、人類最強の剣士 兼 アホの子サフィアーン。第三部でサフィアーンの身体には様々な変化が起こるのだが、彼自身はほとんど無自覚。実直なので話をややこしくしない無害な人です(竜的肉体以外は)。初登場の時は容姿端麗・頭の回転も速いカリスマ性のある人だったはずなのに、話が進む度にアホ度が増している気がする。
蛇神様との最終決戦はやや肩透かしを食った感じはあるが、アーダムとファラーの対決は読み応え十分。本の読み手と書き手という、本書全体のテーマにも通じる対決は意外な決着を見せた。様々な対立構造を見せる本書の中でもアーダムとファラーの直接的・観念的対立は各人の人生の背景を知っているだけにより深く読み込める。そして「アーダムの不思議なダンジョン」である阿房宮も繁栄を極め、ちょっとだけなら覗いてみたい。帰れなくなるかもだけど…。
語られる物語はこれ以上ないぐらいの大団円を迎える。それぞれの決着の仕方もよかったなぁ。アホの子は純愛を貫き、アーダムは千年振りの安息を手に入れ、闇を背負ったファラーの身の振り方は素敵だった。ラストの種明かし(まさに?(笑))からすると、あと一歩遅ければ、蛇神様の千年前には果たせなかった宿願が叶っていた所なのか。危ない危ない。そして夜は昼へと繋がる…。
昼の現実世界。こちらはエジプトにとっては最悪の事態に陥る。奇書は間に合わなかった。そして現実はやや唐突に幕切れを迎える。が、(少し調べた限りでは)歴史的に考えると、この直後にフランス軍の中東における野望は潰えるのだから、もしかしたら『災厄の書』(もしくは彼の物語)は彼には語られたのかもしれない、と私には思える。語られる事で物語(彼)は生き続けるのだ。そう考えると美しい物語である。ただ欲を言えば、本と私(読者)の境界線すら無くなるような感覚を味あわせて欲しかった気もする。それは欲張り過ぎか。
繰り返しになるが、本書は壮大な話だが難解な話ではない。世の理、本の真理があるとすれば、楽しいのが正義。本書は間違いなく人を惑わす書であった。

アラビアの夜の種族 Ⅲアラビアのよるのしゅぞく   読了日:2009年11月18日