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独白するユニバーサル横メルカトル (光文社文庫)

独白するユニバーサル横メルカトル (光文社文庫)

タクシー運転手である主人に長年仕えた一冊の道路地図帖。彼が語る、主人とその息子のおぞましい所行を端正な文体で綴り、日本推理作家協会賞を受賞した表題作。学校でいじめられ、家庭では義父の暴力に晒される少女が、絶望の果てに連続殺人鬼に救いを求める「無垢の祈り」。限りなく残酷でいて、静謐な美しさを湛える、ホラー小説史に燦然と輝く奇跡の作品集。


初出も発表時期もバラバラながら、各短編に共通するのは人間2人の「関係」を描いている、という点だろうか。見えない絆で結ばれた2人、望む者と望まれる者、人と人にあらざる者、逆転する2人、所有者と所有物など。どの関係もその隣に「死」が潜んでいる事が多いが、2人の間はそれだけ濃密で深遠な関係が結ばれる。特別な「関係」は怖いはずなのにいつの間にか魅入ってしまう。
30〜40ページという制約の中で濃密な関係、特殊な状況下に2人を立たせる為に考えられた設定・状況が各作品とも凝られている。その手法の一つにグロテスクな描写があるけれども、それも2作目の「Ωの聖餐」に魅入られて以降、(それほど)気にならなくなった。慣れと、読み進めれば面白さがこの先にあるという読書の「条件付け」に嫌悪が負けたのだ。私は私という人間が怖い…。
私としての問題点は生理的嫌悪よりも、(狭義の)ミステリではない点。表題作は文体・視点ともに非常に面白かったけれど、「このミス」1位とか推理作家協会賞などを念頭に置くと不完全燃焼だった。燃えにくいのでご注意下さい。

  • 「C10H14N2(ニコチン)と少年 −乞食と老婆」…身に憶えのない暴力に悩む少年・たろうは湖畔でテントに住むおじいさんと会話を交わし始め…。物語は予想もつかない展開だったけれど、頭に大きな「?」が残った作品。
  • 「Ω(オメガ)の聖餐」…死んだ人間の身体を食す巨躯のオメガ。その世話をする事になった元数学者はオメガの驚くべき能力を知る…。引き合いに出すのもどうかと思うが、暗黒版「博士の愛した数式」といった印象を受けた。どちらも数式が厳然と神々しく存在する。こんな作品なのに、面白い、と感じてしまった。
  • 「無垢の祈り」…学校でのイジメ、義父の暴力、母親の宗教への異常な信仰に、少女・ふみは破壊と殺戮をする者の存在を願った…。10歳の少女が破壊神=殺人者を信仰し、その登場を切望するなんて。彼女は救われたのだろうか…。
  • 「オペラントの肖像」…出来損ないの群体として行き詰まった人類を人工進化させるために発案された人類オペラント(条件付け)計画、というのは半分冗談のあらすじ紹介。設定が贅沢な短編。心理学的・政治学的に統制された社会設定、「堕術」という言葉、そして伏線が活きるラストまでが非常に秀逸な短編だった。
  • 「卵男(エッグマン)」…殺害現場で必ずゆで卵を食べる「卵男」。今は囚われの身である彼は隣の独房205号の囚人に大きな関心と注意を寄せていた…。設定はよりSFっぽくなって面白かったけれど、ちょっと順番が悪かった。
  • 「すまじき熱帯」…熱帯雨林の奥地に「王国」を造った男の暗殺を、父親から持ちかけられた息子は多額の報酬に目が眩み…。残虐で残酷ながら、どこか底抜けな陽気さを感じる。意味が通じるようで通じない現地語も可笑しさを誘う。
  • 「独白するユニバーサル横メルカトル」…表題作。急死した父親と、その息子の2代に仕える地図の独白。地図には父親による殺人の現場が刻まれていて…。<遮蔽>と<誇張>という地図の仕事が興味深い。ラストも地図ならではの展開。息子には携帯されなかった地図が知りえなかった息子の「正体」は盲点で驚いた。
  • 「怪物のような顔(フェース)の女と溶けた時計のような頭(おつむ)の男」…運ばれた「獲物」に拷問と絶望を与えた上で死なす仕事をするMC。彼はこの仕事に就きながら精神の安定を保っていた…。最後にきて再び嫌悪感を覚えた。「固定の夢」「自縄自縛の掟」はちょっと分かるなぁ。分かるからこそ、怖い。

独白するユニバーサル横メルカトルどくはくするユニバーサルよこメルカトル   読了日:2007年02月15日