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殺人の門 (角川文庫)

殺人の門 (角川文庫)

「倉持修を殺そう」と思ったのはいつからだろう。悪魔の如きあの男のせいで、私の人生はいつも狂わされてきた。そして数多くの人間が不幸になった。あいつだけは生かしておいてはならない。でも、私には殺すことができないのだ。殺人者になるために、私に欠けているものはいったい何なのだろうか?人が人を殺すという行為は如何なることか。直木賞作家が描く、「憎悪」と「殺意」の一大叙事詩


「冷静と情熱」ならぬ「憎悪と殺意のあいだ」である。幼い頃から自他に関わらず憎悪や殺意に多く触れてきた主人公の人生を通して、殺人にいたる心理を描く。海外古典文学『罪と罰』の主人公・ラスコーリニコフは殺人者となって初めて矮小な自分を発見するが、本書の主人公・田島和幸は何度も殺人を決意しながら実行できない自分に苛立ちを募らせる。なぜ人を殺せない?
主人公の和幸が憎悪の炎を燃やす相手は、小学校時代からの知人・倉持修。和幸にとって倉持は決して友人ではない。むしろ悪魔である。トラウマ・一家離散・酷い失恋と、和幸の暗い記憶の中にはいつも倉持が居た。和幸は何度も倉持殺害を計画するが、いつも実行に移せずに終わる。
本書の構造が捩れているのは殺人という大罪を犯そうとしてるのは和幸の方なのに、人を騙し続ける暗い道を進んでいるのは倉持だという点。人生、不幸の連続で殺人の契機があるのは和幸である。しかし倉持の方がその闇は深い。疑心暗鬼の和幸でさえ倉持の正体は掴めない。そして殺人の機会を殺意を逃していく。背景となる時代や性格から倉持に『白夜行』の男性主人公との共通点を見出したが、不幸が見当たらない分、倉持の方が怖かった。倉持は和幸の憎悪を認知しているのは当然として、何度も向けられた殺意には気付いていたのだろうか。
和幸と倉持の反発と和解(?)を繰り返す人生を通じて語られるものがある。それは欲望と欺瞞である。殺意を抱く程の憎悪というのは誰もが経験するものではないが、人生を豊かにしたい願いとも言える欲望は誰にもあるはず。その一つが金銭欲。倉持は様々な詐欺行為に加担する。それは倉持の欲望。だが、その詐欺の被害者の中にも楽して金を手に入れたいという欲望が少なからずあったに違いない。倉持の詐欺手法の歴史は、流行した詐欺の歴史でもある。マルチ商法・金・株、現代版なら「オレオレ」やネットを使った詐欺だろうか。
そして愛憎。日頃、真面目な人・モテない人の方が恋愛で失敗するという典型が全編を通じて見られる。後半、前半と二重写しになる構成は見事。気になるのは東野作品の女性は天女か悪女の両極端である点。意地悪い視点から見れば由希子だってそれなりの打算があったりするはずなのだが最後まで汚れ無き存在として描かれている。私からすれば由希子なんかより男を騙した女性たちの方がその人間性が立体的に描かれていると思うのだが。
基本的には憎悪と殺意のあいだを行き来する和幸の懊悩の繰り返し。そこに狙いがあり、目が離せない構造なのだけれど。読者目線では和幸の煮え切らない態度にはイラッとくる。殺人に至らずとも縁を切る方法だってあるはずだ。しかし和幸のような決して頭の悪くない、しかも自分に殺意を抱くような人間すらも手中に収める倉持には怖さと共に魅力も感じるのだった。私も騙されてる…!?
全体を通しては、よくこれだけ比喩も凝った表現もない平易な文章を書くものだ、と半ば飽きれた。これがベストセラー連発の秘訣? それだけ読みやすいし小説としては十分面白いのだが、もう少し深い味わい・読み応えも欲しい。

殺人の門さつじんのもん   読了日:2009年04月10日