- 作者: 天藤真
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2000/03
- メディア: 文庫
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新宿歌舞伎町で酔いつぶれた「おっぺ」こと小川兵介は、見馴れぬ場所で目を覚ました。傍らには初対面の通称ピンクルと、もうひとり恰幅のいい中年男。何故かしら男の脇腹には深々とナイフが刺さり、とうの昔に冥途へいらしたご様子だ。山荘の屋根裏に閉じ込められている状況下、前夜の記憶を手繰りラジオのニュースを聴くに及んで、抜き差しならない罠に落ちたのだと悟るおっぺんとピンクル。突如爆発した山荘を命からがら脱出した二人は、度重なる危難を智恵と勇気と運の強さで凌ぎながら、事件の真相に迫ろうとするが…。青春小説の清々しさを具えた、息もつかせぬサスペンスの逸品。
本書はミステリよりもサスペンスの色合いが強い。400ページ弱の作品で最初と最後の100ページ以外は事件に巻き込まれた若者2人の逃避行の描写が続く。けれどサスペンスで肩透かしを食らったかと言うと、そうでもない。手に汗握る逃避行や2人の若者の関係に目が離せなかった。追跡者の善悪の違いはあれど、追っ手から逃げ回る様子は『大誘拐』と少し似ている。更に本書では最悪の状況で初対面を果たした若い男女二人が、お互いの心の傷を少しずつ曝しながら近づいていくという青春小説の甘酸っぱさまでも味わえる。特にラストシーンが秀逸で、本を閉じた時には胸いっぱいに清々しい風が吹いていた。
ただし、最初の100ページは展開の速さや提示される謎が魅力的な天藤作品には珍しくやや退屈。主人公たちの過去や事件の背景を読者に知らせる目的があるとはいえ、情報の入手・交換以外には事件が一歩も動かない。特に主人公の1人である「ピンクル」の社会的背景などは、さすがに時代を感じていまいち把握し辛い(刊行は76年)。よく「新しいものから古くなる」と言いますが、本書は刊行当時の若者を中心に据えているから、そこに強く時代を感じてしまうのかもしれない。
けれど一度、別荘に火が点いて爆発を起こせば、物語も爆発的に面白くなる。北から南への逃亡劇は本当に息もつかせない展開の連続。敵は組織力を持って2人を包囲する。その圧倒的に不利な状況の中で、知恵と勇気だけを味方にして逃げ回る2人。まぁこの逃亡劇、追っ手側が都合良く「おっぺ」たちに何度も遭遇しすぎか…。この無辜の2人は本当に清々しい若者たちだった。信じていた人に裏切られた(「おっぺ」の場合はマザコン的な思い込みが強いが)という共通点がある二人。その過去が現在における二人の関係性を容易には壊さない。絶体絶命のピンチでも「おっぺ」が自棄を起こして「ピンクル」を傷付けたりしないし、「ピンクル」も組織で生きる者として過酷な状況でも泣き言を言わない。気付くと、諦めずただただ前進する若い二人を応援している自分がいた。
物語が進む毎にヒッピー生活で様々な経験をしているからか次第に頭の回転の速さと逞しさを見せる「おっぺ」。多分、読者が「おっぺ」を好きになるように「ピンクル」も彼に好感を抱いていくのだろう。山荘が燃える絶体絶命のピンチで刻一刻を争う中でも生前会った事もない田中本部長の遺体を担ぎ出そうとする「おっぺ」の優しい行動を見て以来、私も彼が好きになった(これはミステリとして、その後の田中本部長の幽霊騒ぎに必要だったのだろうと考えられるが)。
知らぬ間に新宿から連行され、隣には見知らぬ異性が1人と死体しかいなかった那須の山荘から、再び人ごみで溢れかえる新宿まで逃避行劇。この新宿でのラストシーンはとても爽やかで良い。このシーンには『新宿の中心で…』という題名を付けても良いぐらい。視点カメラがどんどん引いていく感じが大好きです。