- 作者: 谷川流,いとうのいぢ
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2004/07/01
- メディア: 文庫
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「涼宮ハルヒ? それ誰?」って、国木田よ、そう思いたくなる気持ちは解らんでもないが、そんなに真顔で言うことはないだろう。だが他のやつらもハルヒなんか最初からいなかったような口ぶりだ。混乱する俺に追い打ちをかけるようにニコニコ笑顔で教室に現れた女は、俺を殺そうとし、消失したはずの委員長・朝倉涼子だった! どうやら俺はちっとも笑えない状況におかれてしまったらしいな。大人気シリーズ第4巻、驚愕のスタート。
最終巻かと思った。というか最終巻まで取っておくべきネタだったのではないかと、要らぬ心配までしてしまう。それぐらいの高クオリティで、シリーズ物の強みを最大限に活かした最高傑作である。あの退屈極まりなかった『溜息』よりもページ数が少ない作品だなんて信じられない。本書はミステリではないが、主役(の一人)であり、世界の中心で害を振り撒いていたハルヒの消失という謎がどう解決するか、という冒頭数十ページの魅力だけでこの本は「勝ち」だ。本シリーズ世界に馴染み始めた読者は本書では間違いなく主人公のキョンと同様に、ハルヒの不在と、その逆のあの人の存在する世界に戸惑い、混乱する…。
ハルヒとの出会いによりキョンは穏やかな日常を奪われた。しかしある日、目覚めるとそこに日常が戻っていた。未来人も宇宙人も超能力者もいない世界、極めて平和な世界。ただそこにハルヒもいなかった。そこで彼は気付く、この8ヶ月で非日常こそが彼の日常になり、失われた世界こそ彼のいる、いたい世界だという事を…。キョンの動揺もまた珍しく、彼の慌てふためきっぷりは悲壮感や絶望すら感じさせ、こちらまで辛くなった。ハルヒの消失よりも動揺の一つであろうが、それよりも亡者の復活が恐怖を増幅させたと思われる。クラスでは彼だけが確かにその人の消失を目撃しているからだ。そして団長と共に消失した団員たちの能力と記憶。自分の大切なモノだけが自分の周囲から奪われていく。彼をとことん追い詰める意地悪な世界はいつ、何が原因で出現したのか!? そうか、謎の風邪の流行にも東中出身者をキョンから遠ざけるという意図があるのか。
本書は「選択」や「願望」の話だと思う。本書のキョンの「選択」はシリーズでの大きな転換点であり、また本書への好印象の最大の要因である。頭でっかちの巻き込まれ型の主人公であったキョンの本心・意思に初めて触れられた。作者がいつの時点から本書やシリーズ全体の構想を練っていたのか分からないけれど、この時間の流れや感情の変遷を考慮しつつこれまでの作品を描いていたとしたら相当な知恵者だ。真の神である作者の世界の導き方、伏線の散りばめ方に集中力と愛を感じた。キョン、今まで罵詈雑言を投げつけてごめんよ。もう君への苛立ちはすっかり消失したよ(だからと言って『溜息』の評価は上がらないけど)。
事件の真相と動機も、これまでのシリーズ展開を加味していて全てが腑に落ちるものだった。ネタバレ気味だが、これまでの犯人と探偵の役割が入れ替わったような真相には衝撃を受けた。また通常世界ではないとは言え、団長を含めた団員たちの秘めた内面が読める。犯人の「願望」、キョンの「願望」、古泉の一言も意味深だ。これによって恋愛の面では決着が付いたのか…?
ラストの絶体絶命のどんでん返しは不意を突かれる展開であったが、これによって話が拗れ過ぎてしまった。どうしてもメインのキョンが消失してしまうのだ。物事の順序の面は一応理解できるのだが、絶体絶命の後、あの彼はどうなったのか「日常の復活」過程が描かれていないから分からない。世界を激変させた出来事がメインだったのに、ちまちまとしたフラグ立てとフラグ回収という地味で複雑な行き来というのも最後に作品のスケールを小さく見せてしまったか。
ちょっと怖いのはピークを迎えたシリーズの今後の出来。あとは下り坂って事はないよね…? 今後のSOS団の関係性やキョンの変化は楽しみなのだが、またキャラクタ小説に成り下がってしまわないか心配だ。私もキョンと同様、自分の本心に正直になりますと、もう目が離せないくらい好きなのは間違いないですが…。
(ネタバレ:反転→)自分のいない世界を簡単に構築される情報統合思念体。バグってるぞ…。(←)