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雨にも負けず中華一丁。ラストは100発100中で感動。

戸村飯店 青春100連発 (文春文庫)

戸村飯店 青春100連発 (文春文庫)

大阪の超庶民的中華料理店、戸村飯店の二人の息子。要領も見た目もいい兄、ヘイスケと、ボケがうまく単純な性格の弟、コウスケ。家族や兄弟でも、折り合いが悪かったり波長が違ったり。ヘイスケは高校卒業後、東京に行く。大阪と東京で兄弟が自分をみつめ直す、温かな笑いに満ちた傑作青春小説。坪田譲治文学賞受賞作。


舞台は住人たちが家族同然に接してくれる大阪の下町。現代社会では失われた「ご近所付き合い」がまだ存在する、世間で言うところの人情溢れる温かな町。けれど、ここで少し視点を変えてみよう。もし、自分がこの町という家族に絶対的に馴染めない事を冷静に自覚してしまったら? 人情の町が一転、そこは息苦しい他人ばかりの町になる。同じ物を見て同じ物を愛する、そんな画一化された価値観は余所者には厳しい。本書はご近所から家族の一員として愛されて育った弟のコウスケと、そのコウスケと実の兄でありながら、下町をいつまでも義理の家族のように感じてしまっている兄・ヘイスケの物語である。

郷に入れば郷に従え、朱に交われば赤くなる。私も最初は、いつまでも育った土地に一向に馴染もうとしない兄のヘイスケをスカした野郎だと思っていた。しかし、第2章に入りヘイスケの視点で物語が語られてから、彼の悩み、彼の本質が少しずつ見えてきた。自分も家族も町の人も悪くないのに、いつの間にかいつも「外側」にいる自分。ならば自分から「外側」に出れば、と自分一人で住居や進路を決めたヘイスケ。住み始めた東京は居心地が良く、友人も恋人も余裕ある暮らしも簡単に手に入れた。しかし、それは彼のソツのなさの一端であり、友人も恋人も暮らしも自分が本当に手に入れたかったものなのか、彼には判別が付かない。徐々に気付き始める心の空白。肌に合わないのは故郷ではなく、自分自身なのかもしれない。そして初めて「外側」から眺めた自分自身とは…。

一人で自立を決めた兄、流されるままの弟。しかし終盤、それが逆転するのが面白い。実はモラトリアムの兄、そして自分の行き方を模索する弟。まさに10代の青春100連発である。直球過ぎて、いまいちだと思っていたタイトルも最後には好きになっていた。兄と弟の歩み寄り、という基本的な流れ以外には物語に予測がつかない、という点も面白い。特にラストシーンには感動させてもらった。お笑い用語で言う所の「天丼」が笑いも誘うのだが、それ以上に涙を誘発した。こんなに幸せな気持ちで本を閉じたのは久しぶりだった。やるな、瀬尾まいこ

コウスケの章では、やはり現役教師の瀬尾さんらしく、学校生活の描写が秀逸である。合唱コンクールでの指揮者・コウスケと伴奏・北島くんの清々し練習シーン・本番の様子には、実体験からの描写もあるだろう。また、私が最も感動したのは進路相談の三者面談での教師の言葉。あぁ、なんて生徒をよく見ている先生なんだろう、とコウスケが羨ましくなった。アリさんの魅力はいまいち分からなかったが、店長の品村さんや北島くんなどの優しい人たちが素敵でした。
物語も東京と大阪の安易な比較や大阪賛歌に偏らず、彼ら兄弟の生き方だけに焦点を絞っている。ただ私の偏見によりますと、本物の大阪の下町はもうちょっと柄が悪いんじゃないか、と思いますが…。コウスケもヘイスケも礼儀正しく妙に純情であったのは、まぁ神様の御都合主義ということで。あと単行本の表紙、この表紙が本書の売れ行きに足を引っ張るんじゃないか、と心配しています…(後日談:文庫本の表紙もなかなか癖が強いぞ)。

戸村飯店青春100連発とむらはんてんせいしゅんひゃくれんぱつ   読了日:2008年05月14日