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天国はまだ遠く (新潮文庫)

天国はまだ遠く (新潮文庫)

仕事も人間関係もうまくいかず、毎日辛くて息が詰りそう。23歳の千鶴は、会社を辞めて死ぬつもりだった。辿り着いた山奥の民宿で、睡眠薬を飲むのだが、死に切れなかった。自殺を諦めた彼女は、民宿の田村さんの大雑把な優しさに癒されていく。大らかな村人や大自然に囲まれた充足した日々。だが、千鶴は気づいてしまう、自分の居場所がここにないことに。心にしみる清爽な旅立ちの物語。


序盤、読んでいて私の大好きな映画「阿弥陀堂だより」を連想した。この映画もスローライフを主題に長野県の田舎の四季折々の風景を交えて、ある夫婦の再生を描いている。でも本書と映画は違う所がある。「阿弥陀堂だより」では夫の田舎にUターンするのだが、本書の主人公・千鶴は訪問者である。しかも自殺を決意して泊まりに来たのだ。もちろん物語上、千鶴は死なないのだが。余談だけれども、この本、主人公の名前が全く重要ではない。冒頭にフルネームで書いてあるが、それ以後、半ばに差し掛かるまで出てこない。名前を呼ばれる場面で、千鶴だったの?って思うぐらいにである。訪問者である千鶴は田舎に滞在し満喫するけれども…という物語後半の部分がとても面白い。田舎にも宿の主人である田村にも距離を縮めていく千鶴。その後の彼女の選択、そしてある事に気づくエピソードが秀逸。物語の根底には千鶴の実生活がある。そのある種の現実的な問題を忘れさせない展開がとても好きだった。笑えてしんみりくる作品である。
物語の展開はとても読める。千鶴が死なない事はもちろん、序盤の手紙や田村との交流、果てはラストまで。しかし読める中の読めないモノが私の心を鷲づかみ。吉幾三までも好きになりそうだった。二人の会話が楽しい、千鶴の変てこな性格が楽しい、田村の温かい視線がいい。私は田村さんが非常に好きだ。瀬尾さんの書く男性は小学生から大人まで非常に格好いい。みんなフェロモン漂ってます(笑)ネタばらしになるかもしれないが、私はてっきり田村と千鶴は、ある日一線を越えるのではないか、と踏んでいた。独断と偏見をこめれば角田光代なら間違いなく越えると思う。だから物語の展開はちょっと意外だった。『卵の緒』でも少し書いたけれども小道具の使い方がうまい。ミステリで言えば伏線?一つの布石が後々効いてくる。石はダイアモンドだったのだ!ピカピカの良質な小説をまた一つ楽しませていただきました。いつまでも追います、瀬尾まいこ

天国はまだ遠くてんごくはまだとおく   読了日:2005年03月05日