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カナリヤは眠れない (ノン・ポシェット)

カナリヤは眠れない (ノン・ポシェット)

変わり者の整体師合田力は、“身体の声を聞く”能力に長けている。助手を務める屈託のない美人姉妹も、一皮剥くと何がしかの依存症に罹っていた。新婚七カ月目の墨田茜を初めて看たとき、力は底知れぬ暗い影を感じた。彼を驚愕させたその影とは? やがて不安が現実に茜を襲うとき、力は決死の救出作戦に出た! 蔓延する現代病理をミステリアスに描く傑作、誕生。

   
古今東西、探偵役の本業の職種は様々なれど(大学准教授・落語家・フリーターなどなど)、本書の本業は多分、史上初だと思われる整体師である。探偵役の合田力は患者の『"身体の声を聞く"能力に長けてい』て、本人も気づかない身体の歪み、そして心の歪みまで見抜き治療してしまう凄腕整体師。愛のカイロプラクティック。しかし『"身体の声を聞く"能力』というと、サイコメトリーなど超能力の分野に踏み入れてミステリとして範囲が広すぎるのでは?と危惧を抱かれる方もいらっしゃると思うが(>私だ)、そこは心配御無用。物語を通じて買物依存症の女性・茜の救済過程だけが描かれるのかと思いきや、終盤「あれっ? 何か変だな」と思った途端に事件がその姿を現した。本書で一番驚いたのは真相よりも事件の発覚だった。
近藤作品を多く読まれている方には言わずもがなの事ではあるが、近藤さんの女性心理の描写は秀逸だ。それも女性が病んでいれば病んでいるほど筆が乗っている様にさえ思える。本書でも買物依存症に走ってしまう茜の心の内が詳らかに描かれている。作中、茜自身は決して軽率な女性として描かれてはいない。むしろ性格は地味だけど心の優しい女性である。道を聞かれたら笑顔で案内し、万引き少年にはその手を汚さぬよう配慮する。しかし彼女には周囲に適合しようと自分を殺してしまう癖があった。新婚の青年実業家の夫の理想の妻であろうとしたり、久々に再会した同級生たちの社会的立場の高さに焦燥を感じたり。人並み以上の暮らしをする彼女が少しずつ無理を重ねる事で、自分の進む道が底無しの沼だと知りながらも一歩一歩足を踏み出してしまう序盤の文章は生々しく、自分の事の様に恐ろしい。もがき苦しみながらも深く深く沈んでいく茜の苦悩は痛々しいが、同時に読者を小説世界に引きずり込む魔力があった。
前述の通り、終盤に物語は思わぬ展開を見せる。自分が泥沼に沈みかかっている事を自覚し苦悩していた茜だが、彼女が目を奪われていた足元の泥沼から顔を上げた時、彼女は初めて自分の立つ場所の周囲の風景を見る。そこに漂うのは自分を追い詰めていた悪意の瘴気だった。彼女にこの瘴気を認識させ、対処法を教授したのは探偵役の合田だが、彼女の心の歪みを根本的に治療したのは合田ではない点がまた良い。まさしく愛のカイロプラクティックのコーナー。
接骨院は登場人物たちが一堂に会する場所として、整体は合田の必殺技として様々な形で活用されている。近藤さんはお腹が鳴る料理店ミステリも書いているが、本書の背骨が鳴る接骨院にも是非とも行ってみたい。

カナリヤは眠れないカナリヤはねむれない   読了日:2009年02月14日