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新・日本の七不思議 (創元推理文庫)

新・日本の七不思議 (創元推理文庫)

スリーバレーのバーテンダー松永は、早乙女静香の話についていくため日夜歴史の勉強を続けている。ある日、静香が宮田六郎と連れ立って店に入ってきた。これまで宮田に対してやたら喧嘩腰だった歴史バトルにおいても、何やら風向きが違う。なぜだ?二人の親密な態度は気になるが、現存する世界最古の国ニッポンのことを知らないのも捨て置けない…。


著者のデビュー作であり、著者の名を世に知らしめた『邪馬台国はどこですか?』の流れを汲む、いわば著者の看板シリーズの続編。しかし肝心の著者本人がその看板を外したいのではないかと思うぐらい、どこかネガティヴで破壊的な雰囲気が作品に流れていた。なんたって開始1ページで、これまで侃侃諤諤の歴史推理が飛び交ったバー〈スリーバレー〉を、オーナーである三谷教授が「たたむかどうか」迷っているのだ。これは(多分)自己最大の人気シリーズのシリーズ再開に躊躇い、要望に流された著者の本心の表れなのだのだろうか。
そんな作者の心境も影響してるからなのか、本書ではシリーズの約束事が見事に破壊されている。それまでの定型だった、バー〈スリーバレー〉で酒を飲み交わしながらの己の知識(とネット検索)を駆使した<定説派>の早乙女静香と<新説派>の宮田六郎の安楽椅子型推理合戦という形はそのどれもが崩されていた。本書ではバーから飛び出して旅行三昧で、丁々発止と推理をやりあった2人は(著者の別作品で)何があったか知らないが良い仲になり、静香はその美しき棘を抜かれてしまった。バーを改造し、歴史の知識を蓄積してきたバーテンダー・松永の、これまでの関係性とこれまでの構図を楽しみにしていた気持ちは見事に踏みにじられ、それは読者の気持ちと見事に重なるのだった…。
そんな徹底的な破壊の一方で前作の説を補強するものが2編あり、しかもこれも「七不思議」に勘定する神経の図太さには恐れ入る。また今回取り上げられる歴史上の謎も宮田の打ち出す新説も小さくまとまっている印象を受けた。やはり本シリーズは静香という強気な反論者がいてこそであった。例え牽強付会と謗られようとも、そんな彼女をも納得させるだけの魅力的で衝撃的な珍説を宮田には期待していたのに見られなくて残念だ。様々な変化は登場人物たちにも著者にもそれだけの時が流れたという事なのだろうか…。

  • 「原日本人の不思議」…日本とは? 日本人とは? 今の日本人に至るまでの長い長い旅路を探る…。上述の通り静香と宮田の関係性が変化してしまった為、対立軸がなく、宮田の講義を聞いている気分になった。そんなに珍説でもないし。
  • 邪馬台国の不思議」…前作の邪馬台国のあった場所の比定の補強編。旅をしてまで自説への拘泥かと思いきや、かなり説得力のある内容だった。
  • 万葉集の不思議」…万葉集にも多く歌を寄せている柿本人麻呂の正体は…? 一歌人としか認識してなかった人物にこれほどの謎があったとは。シリーズ本来の面白さが戻ってきた気がする。正確さより新しい視点があってこそだ。
  • 空海の不思議」…真言宗の開祖・空海の謎多き人生から浮かび上がるのは…。これまた面白い。やはり強気な女性と勝負しての宮田だ。しかしまぁ気持ちいいほど歴史バトルのために用意された専門知識を持つ登場人物たちだ。
  • 本能寺の変の不思議」…前作での織田信長の死の真相の補強編。これはちょっと…。カシスシャーベットは宮田が自己満足したら食べる物なのかッ!?
  • 写楽の不思議」…活動期間十か月の天才浮世絵作家・東洲斎写楽。彼の正体とは…。ミステリでも多く取り上げられた人物みたいだ。推理も堅実路線か。序盤に、写楽の心情(であろうこと)を現代の学生が吐露している構成が良かった。
  • 真珠湾攻撃の不思議」…開戦から終戦までの太平洋戦争における日本国家の不可解な選択を探る…。うーん、このシリーズでは手に負えない内容ではないか。他に比べれば生々しい記憶だから偏った珍説がでなくてホッとしたかな。

新・日本の七不思議しん・にほんのななふしぎ   読了日:2011年10月29日