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文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)

忽然と出現した修行僧の屍、山中駆ける振袖の童女、埋没した「経蔵」…。箱根に起きる奇怪な事象に魅入られた者…。骨董屋・今川、老医師・久遠寺、作家・関口らの眼前で仏弟子たちが次々と無惨に殺されていく。謎の巨刹=明慧寺に封じ込められた動機と妄執に、さしもの京極堂が苦闘する、シリーズ第四弾。


京極堂シリーズ第4弾。4作目にして早くもシリーズの集大成といった趣。これまで京極さんが読者に示してきた世界、世界の理(ことわり)を更に深く掘り下げているような印象を受けた。特に登場人物が重複する第1作『姑獲鳥の夏』とは関連が深いように思う。この世には不思議なことなど何もない。あるのはこの世を認識する自分自身という存在だけという事を強く感じた。
京極ミステリは確かに長いが(文庫版は1300ページ強!)、この長さでも小説として無駄を削ぎ落とした体脂肪率の低い、鍛え上げたストイックな美しさがあった。再度言うと「この小説には無駄な箇所など何もないのだよ、読者諸君」。全ての情報は小説世界を理解するための伏線である。特に本書では社会・歴史から孤立して存在する明慧寺の特殊性や、禅における悟りという言語から脱却する境地を扱っているために前提となる情報量は格段に多くならざるを得ない。
本書の評価や読後感は読者の理解度によって左右されるだろう。どれだけこの世界に没入出来たか、禅の特性を理解出来たかにかかってくる。本書の動機告白の衝撃度は禅における公案に似ているかもしれない。本書を十全に理解している人ならば動機の告白で全てを「悟る」。正直に言うと私の場合、この世界の創出と成立、その奥行きを考えるに至って初めて本書の価値に気づいた次第。本来なら言葉や思考よりも速く雷に打たれるような悟りが来るはず…。
作中で連続殺人が起こるもののそれぞれの事件は、寺の生活と同じく質素なものである。現場には不可解な点もあるが、ミステリの醍醐味である密室もアリバイもトリックも見られない。第1の事件こそ死体が目前に突然出現するという演出があるが、それも敦子によって即座に合理的な解釈がなされる。本書では書名にある通り「檻」がキーワード。明慧寺という檻、人間という檻。思えば脳波測定の意義の是非を説いた京極堂の言葉が真相に近いのかも。
第1の事件での敦子の推理を読んで「事件の検証はゴミの分別に似ているなぁ」と思った。例えば突然、ゴミ屋敷の中に連れて来られたら最初は誰もがその状況に困惑するだけだろう。しかし手近な物からゴミの集合(謎)を一つ一つ検証し、その原材料を見極めて分別していく。そしていつかは全ての分別が終わる。大きな集合体であったゴミも自分の理解出来る範囲の普通のゴミになる。物質的にも質量的にも変化はないが、困惑は消失する。そこには不思議は何もない。
本書では女性の登場人物に注目した。最初と最後しか登場しないが関口・京極両名の細君たち、そして後半での敦子の思わぬ心情の吐露。そして今回初めて(?)京極堂に好感を持ったかもしれない。探偵は遅れて現れる法則が今回も適応されているが、それは京極堂に他者(禅僧)への分別があったからこそ。自他のテリトリーを考慮し、その道を極めんとする者たちへの敬意が感じられた。

鉄鼠の檻てっそのおり   読了日:2009年03月03日