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花の下にて春死なむ (講談社文庫)

花の下にて春死なむ (講談社文庫)

年老いた俳人・片岡草魚が、自分の部屋でひっそりと死んだ。その窓辺に咲いた季節はずれの桜が、さらなる事件の真相を語る表題作をはじめ、気の利いたビアバー「香菜里屋」のマスター・工藤が、謎と人生の悲哀を解き明かす全六編の連作ミステリー。第52回日本推理作家協会賞短編および連作短編集部門受賞作。


作品の主な舞台となるビアバー「香菜里屋(かなりや)」と同じく、人と人の距離を適度に保った非常に品のある短編集。また、非常にお腹が鳴る小説でもある。
通して読むと、この小説の登場人物の多くの周囲には死や喪失が溢れている事に気づかされる。その悲しみを乗り越えようとする力が原動力なのか、生来の気質かは分からないが「香菜里屋」の常連客には謎と謎解きの好きな者たちが集まる。時には下世話な興味から、時には口には出さない思い出から謎が生まれる。時が経過してゆくとともにビアバーの一体感が増す様子には頬が緩む。きっと誰もがこのカウンターでビールを飲みたい、料理を頂きたい!と思うだろう。座ったが最後、秘密にしてた物事をマスター・工藤に暴かれてしまうかもしれないけど(笑)
ただ、(反転→)半分ぐらいの事件が第一発見者が犯人(←)というパターンになってしまっているのが残念かな。これは実際の殺人事件でも多いのかもしれないけど。

  • 「花の下にて春死なむ」…表題作。あらすじ参照。最後の一文を読み終えた時、思わず深い息を漏らしてしまった。草魚と七緒、2人の関係は『センセイの鞄』を連想した。草魚の手紙は、言葉にできない感情ならば言葉を使わない、という究極の表現方法だと思った。業を背負う者たちの優しさが胸に痛い。
  • 「家族写真」…地下鉄駅構内の「善意の本棚」。その中の時代小説にだけ挿まれている家族写真。この写真に託されたメッセージとは…? 写真や会話を基にした推理過程も面白いが最後に白と黒が反転して浮かび上がる真相が見事。
  • 「終の棲み家」…ある老夫婦を撮り続け成功を収めた写真家。しかし個展のポスターが一枚残らず盗難に遭う…。作品発表後の世間の反応を考えない妻木の想像力の欠如は腹立たしかったが、救いのない物語に小さな明かりが灯る。
  • 「殺人者の赤い手」…香菜里屋の近所で起きた殺人事件。不審者を目撃した小学生は犯人は「赤い手の魔人」だと訴えるのだが…。途中まで室井滋さんのエッセイと同じでビックリ。『我らが隣人の犯罪』が一番怖いのです。
  • 「七皿は多すぎる」…『回転寿司屋で鮪ばかり七皿も食べる男がいたとしたら、不思議じゃないかね』…。『九杯目〜』と同じく、本家『九マイル〜』をアレンジしたタイトル。「九皿は多すぎる」ではないのは、九皿だと本当に多すぎるからだろうか…。
  • 「魚の交わり」…片岡草魚の評伝を書いた飯島七緒の元に、亡き叔母の日記に草魚のらしき句が記されている、と手紙が届く…。故郷を去り関東で孤独に息を引き取るまでの草魚の暮らしの一部が暴かれる。彼はどの土地でもこういう生き方をせねばならなかったのかと思うと、まさに「哀切」という言葉しか浮かばない。

花の下にて春死なむはなのもとにてはるしなむ   読了日:2006年11月29日