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騙された狐はワナワナ怒りに震える。化かし合いが今、始まる。

狐罠 (講談社文庫)

狐罠 (講談社文庫)

店舗を持たず、自分の鑑定眼だけを頼りに骨董を商う「旗師」宇佐見陶子。彼女が同業の橘董堂から仕入れた唐様切子紺碧碗は、贋作だった。プロを騙す「目利き殺し」に陶子も意趣返しの罠を仕掛けようとするが、橘董堂の外商・田倉俊子が殺されて、殺人事件に巻き込まれてしまう。古美術ミステリーの傑作長編。


何を買うにしても、本を買うという行為だって、投資以上の満足が得られるかの一種の賭けである。不確定要素を排除するために、装丁や帯に書かれている言葉、本が持つ雰囲気などを観察して、その価値を見極めようとする。それが読書人が本を買う時の「目利き」。では、購入対象が数十万〜数百万単位で取引される骨董品だったらどうだろうか。そこは目利きこそ、目利きだけが賭けの勝敗に大きく関わる世界。本書は骨董品に魅了され、自分の目利き能力・美意識を信じて動いている人たちの古美術ミステリ。 ちなみに本書への私の目利きは大正解です。大満足。
業界ミステリながら大変読みやすい。専門分野とミステリの融合は往々にして失敗するものだが、本書は上手くブレンドされている。というのも主人公・陶子が意趣返しをする原因が殺人の動機にもなり得るので、陶子は警察から容疑者として疑われ殺人事件の中心から外れないようになっているのだ。 とは言ったものの、実は殺人事件は不要なほどに頭脳戦、コン・ゲームが面白い。一つの贋作の制作過程や、古美術界の重鎮に罠を仕掛けるために陰の部分に染まっていく陶子のキリキリとした緊張と孤独でグイグイ読ませる。面白いのは陶子が決して善人ではないという点。「目利き殺し」の贋作で騙されたから、自分もそれを凌ぐ贋作を拵えて挑む。ある意味でとてもフェアな戦い。だがそれは美術に魂を捧げた者にとって、魂を奪われかねない禁断の術でもある。そして陶子は…。
真相解明の発端となる瑕疵も業界ミステリに相応しい物である。が、瑕疵になった伏線が弱すぎるとも思う。また、中盤の罠を仕掛ける知的興奮や贋作作りの緊張感に比べると、巨悪が倒されるシーンや殺人事件の真相披露の場面はやや盛り上がりに欠けた。事件を追う2人の刑事はいい味を出していたが。
業界ミステリという事もあり、全体的に江戸川乱歩賞ラインの作品っぽいという印象を受けた。私が興味を惹かれたのはオリジナルとレプリカの超えてはならない一線の話。だが、贋作に圧倒的な美が存在するとしたら…。
途中で「三軒茶屋のビア・バー」が登場。あのマスターに相談して全部の謎を解いてもらえば良かったのに(笑) 実はシリーズが違ったという罠ね。

狐罠きつねわな   読了日:2007年01月19日