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玻璃の天 (文春文庫)

玻璃の天 (文春文庫)

昭和8年学習院に通う令嬢・花村英子とその運転手・別宮みつ子、才色兼備で武道にも秀でたスーパーウーマン〈ベッキーさん〉が活躍するシリーズ第2弾。
建築家・乾原が作った末黒野邸に招かれた英子。一面がステンドグラスに彩られていたその家の、天窓を突き破って、男の死体が落ちてきた。果たして自殺か、事故か?(「玻璃の天」)。第1作『街の灯』で謎に包まれていたベッキーさんの出自も明らかに。戦争へと向かう時代の暗雲を感じさせつつ、謎解きの醍醐味と、繊細な北村ワールドを堪能できる傑作。


ベッキーさんシリーズ第2弾。第1弾の『街の灯』よりも時間が少し経過し、不可避の暗雲にまた少し近づいていく。この暗雲が湧き出でる場所は海の向こうではなく、むしろ国内である。短編集でありながら複数回登場する自由思想・民主思想の排撃を掲げる男・段倉。彼はこの時代の寵児である。しかし彼が寵児として扱われる事自体に、この時代の思想の色が強く表れている。(以下ネタバレ:反転→)《私怨》による段倉の死も、体制には影響がない。時代の奔流は彼女らの小さな手だけでは止められない。読者にはそれが分っている(←ここまで)。だからこそ、辛い。
3編に共通して書かれているのはこの時代特有の(前時代的な)身分や性別の明確な差。といっても英子や周囲の者は上流階級に属する者なので、身分が「ない」事に苦悩するのではない。「ある」が故の障害に懊悩する場合が多い。高貴だからこそ、高貴で居続けなければならない義務がある。しかし彼女たちには恋人や、結婚相手を選ぶ権利はない。また所々に英子の女性である事のもどかしさや女性への差別・区別が描かれている。例えば帝国図書館の閲覧室の名称や、いつも男性に先を越される事などにも、この時代の保守的な性差を感じさせる。
その反面、まだまだ「女子」としての一面を見せる英子の言動も見逃せない。架空の人物を空想したり、恋に恋をしている。変動する「時代」に対して自分の考えを持ちながらも、10代の輝かしい時代を送る彼女の姿がよく出ている。

  • 「幻の橋」…祖父の代に兄弟が袂を分かった内堀家。両家の子同士の好意から仲直りが実現するはずの席で…。事件としては単純なものだが「ロミオとジュリエット」、口に出せない恋によって物語に奥行きが出ている。ベッキーさんと英子の事後処理というか、裁きの仕方が好き。時代、思想との対峙を口にする英子。口にした相手は若き軍人。彼女も時代や階級の犠牲者になってしまうのか…。
  • 「想夫恋」…英子が同級生と創り上げた架空の人物《松風みね子》。しかし、その同級生は《松風みね子》からの手紙を残し失踪してしまう…。暗号モノは北村作品によく見られる形式。全体的に英子の少女らしさが出ている短編。「人の夢の中までは、誰も足を踏み入れることなど出来ない。断じて。」という文章に英子の厳然たる精神を感じた。「夢」は「思想」と置き換えられるべき言葉だろう。
  • 「玻璃の天」…あらすじ参照。遂にベッキーさんの正体が明らかになる短編。実際的な死の謎は簡単なものだが、観念・思想的な「死」、そして舞台となる建築物が表現する世界が美しいと思った。英子は舶来品を嗜好しているが、やがて海の向こうは敵に変わる。そこがまた苦しい。余談に近いが北村さんは参考文献の一冊一冊を丁寧に読み込んでいるんだろうなぁ。だからこそ、こんなにも確かな小説世界が構築されるのだろう。作者もまた揺るぎのない人である。

玻璃の天はりのてん   読了日:2007年06月15日