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空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

「私たちの日常にひそむささいだけれど不可思議な謎のなかに、貴重な人生の輝きや生きてゆくことの哀しみが隠されていることを教えてくれる」と宮部みゆきが絶賛する通り、これは本格推理の面白さと小説の醍醐味とがきわめて幸福な結婚をして生まれ出た作品である。異才・北村薫のデビュー作。

 
時間が経過すると北村さんの作品は「日常ミステリ」や「温かな文体」と言うイメージだけが強く残る。が、再読してみるとそれだけではない事に気づく。「砂糖合戦」「赤頭巾」のあの異様な雰囲気、「私の中にも(転じて誰の中にも)完全にいないとはいえない鬼の顔」までも書かれているのだ。この世界は美しいだけではない、嫌なモノも描いているのである。だからこそ私の周りの人の温かさが分かる。
5作目まで読んで1作目を読み返すと「私」の印象が違う。特に織部の霊」で感じたのは「わ」の多さ。語尾が「〜ですわ」となっている。そして「私」が10代だからであろうか勝気である所。円紫さんに対しても挑戦的な態度をとる事がある。そして正ちゃんも指摘した「嫌な女」である所。↓の北村薫本から言葉を借りれば「情を思うにも理が勝つタイプ」そのものである。一方、もう一人の主人公・円紫さんの私のイメージは三遊亭楽太郎(現・円楽)さん。私の好きな伊集院さんの落語家時代の師匠。知的で快活、抜群の記憶力、そして格好いい。円紫さんイメージにピッタリ。

  • 織部の霊」…一度も会った事の無い人物が夢に出てくる。しかも、その人物の最期の姿までも正確に…。「私」と円紫さんの出会い。「私」の趣向や円紫さんの記憶力・推理力など基本のデータがいっぱい。シリーズ中の文中に本が出てくるのはもちろん、この作品は特に本読みのための一編だと思う。
  • 「砂糖合戦」…渋谷で偶然に円紫さんと再会して入った喫茶店で見た3人の女性たち。彼女たちは砂糖を競う合うようにして入れているが…。人間の情や業としては嫌な話だけれどもミステリ的には好きな話。最後の一行までがいい。
  • 「胡桃の中の鳥」…「私」の友達・江美ちゃんの車がふと目を離した隙にシートカバーだけが盗られていた…。江美ちゃん・正ちゃん初登場。事件が起こるのは最後の最後である。それまではゆっくりとした旅の描写。これもあまり快い話ではない。円紫さんに日本各地で会うのは、まるでストーカーのようである(笑)
  • 「赤頭巾」…「私」の町のある公園で日曜の夜に赤い物を身につけた少女が現れると言う。果たして少女の正体は…? これも嫌な話である。特に最後の章などは暗澹たるものだ。夕焼けの赤が重い。私は「私」と家族の会話が好きである。ちなみにこの話で父に買ってもらったスーツは「朝霧」の中でも登場する。
  • 「空飛ぶ馬」…幼稚園に置かれている木馬が急になくなった。しかも次の日には元に戻っており…? 表題作。これぞ、北村さんと言うべき温かい話。北村さんはこの話のイメージが強いのかもしれない。また「私」の誕生日の話でもある。20歳になった「私」は、また新たな本を読み、揺さぶられるのであろう。

空飛ぶ馬そらとぶうま   読了日:2000年08月中旬