《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

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気になる部分 (白水uブックス)

気になる部分 (白水uブックス)

眠れぬ夜の「ひとり尻取り」、満員電車のキテレツさん達、屈辱の幼稚園時代…。ヘンでせつない日常を強烈なユーモアとはじける言語センスで綴った、名翻訳家による抱腹絶倒のエッセイ集。


世の中きっと、頭の良い人ほど生きにくいのだろうな、と思う。正確には、頭が良くて物事に拘り過ぎちゃう性格の人。そう、この本の著者・岸本佐知子のように。なぜなら彼らは世の中の不思議や不条理や不可解について頭を悩ませてしまい、そして悩めるだけの頭があるからだ。思考力・発想力・想像力、それは何もプラスの方向にだけ働く訳ではない。他の人が悩む事のない世の中の「暗黙の了解」や「お約束事」についても、いちいち悩んでしまうのだ。1+1について、ロボコップについて、男性の乳首について、民謡の歌詞について、そして自分について。
このエッセイで好きなのは著者の岸本さんが何事にも真面目である、という点。彼女は真面目に花を育て、真面目に眠りに就く努力をし、真面目に物事を論じている。しかし園芸に夢中になるあまり翻訳家の仕事を失いかけ、眠る努力は彼女を最も眠りから遠ざけ、真面目に論じる内容は実に下らない。けれどその彼女の一心不乱の真面目さが彼女への好感となり、読者の口許を綻ばせる。
しかし大人になった岸本さんの真面目さは、頭が良いのに不器用な人だ、と笑い飛ばせるが、子供の頃の必死な真面目さは少し哀しかった。自分は本当は猿ではないか、透明人間ではないかと悩んでいる少女の姿は痛々しい。少女は賢いが故に周囲と自分との違いに早くから悩み、賢い故に大人になってもその記憶は鮮明に残っている。ユーモラスな語り口がかえって悲哀を誘う。
好きなエッセイは、試験問題から宇宙の真理にまで到達した冒頭の「空即是空、変わった美青年の生態を描いた「ヨコスカさんのこと」、中学受験勉強の心の支えになってくれた未だ見ぬ「トモダチ」、食べ物が美味しくなる魔法を教えてくれる「このあいだ、レストランで盗み聞きした会話」、日頃の疑問を羅列した「私の考え」シリーズ。私が最も共感したのは「続・私の考え」の中の、応援したチームや選手が必ず負ける“スポーツさげまん”問題。勿論、私ごときが応援してもしなくても、結果が変わる訳もないのだが、万が一、私が観戦して敗北した時の罪悪感といったら…。自分の心の安寧のためにもスポーツは見ないに限る。
本書最後の章では翻訳家・読書家としての岸本さんの顔が見られるのだが、岸本さんが各年のベストとして挙げる本が、岸本さんの嗜好をよく表しているように思えた。どうやら共通点としては「ビザール」なものがお好きらしい。意味は「奇怪な、いっぷう変わった、奇想天外な」。どうやら翻訳した本もビザールなものらしい。もはや彼女自身がビザールな人である事は疑いようがない。

気になる部分きになるぶぶん   読了日:2009年08月10日