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死にぞこないの青 (幻冬舎文庫)

死にぞこないの青 (幻冬舎文庫)

飼育係になりたいがために嘘をついてしまったマサオは、大好きだった羽田先生から嫌われてしまう。先生は、他の誰かが宿題を忘れてきたり授業中騒いでいても、全部マサオのせいにするようになった。クラスメイトまでもがマサオいじめに興じるある日、彼の前に「死にぞこない」の男の子が現れた。ホラー界の俊英が放つ、書き下ろし長編小説。


「青」は乙一さんにとって孤独の色なのかもしれない。今回の「アオ」と、『石ノ目(改題:平面いぬ。)』に収録の短編「BLUE」=青には共通項があるからだ。孤独と絶望、だ。その短編「BLUE」のあらすじは『他の4体の人形を作った余り生地で作られた不恰好な人形「BLUE」。彼女は人間からも、同じ人形からも冷たく扱わる』というもの。この短編では人形の「BLUE」が持ち主の少女=支配者や同じ存在であるはずの他の人形に冷遇、更には差別・虐待される過程が描かれている。それと同じことが本書でも扱われている。主人公・マサオの日常風景が描かれた後は一転、一つの教室内で行われる執拗な「いじめ」の描写が続く。些細な行き違いから教室の支配者=教師に、そして同じ存在であるはずの他の生徒からも冷遇・差別・虐待されるマサオ。本書は短編「BLUE」からファンタジー要素を排除して乙一さんが自ら再構成した、長編版「BLUE」に私は思えた。
主人公の造形(プラモデルやドラえもんが好き)や、推測される時代の設定(「ビックリマン」ブームなど)から主人公・マサオは乙一さんの少年時代の分身と考えられる。乙一さんが実際に「いじめ」を受けていたかは分からないが、「本当に好きなものを自由に書い(「あとがき」より)」た結果が本書であり、その舞台になったのは学校の教室という、ある種、大人になってからは不思議な空間である。
実際、私も読みながら教師という存在、学校という狭い空間の事を色々考えた。クラスメイトとの力関係や、教師という大人への無条件の信頼、いじめと無視の境界線の描き方など、自分の教室での「位置」を気にしていた頃の事を想起した。
小説としては「アオ」の存在などはこの手の話のお決まりの手法といえる。しかし乙一さんの自由意志の産物、という意味では、どの作品よりも乙一さん本人に接近している気がする。そういえば中盤のマサオの探偵の様子や、教師との対峙は道尾秀介さんの『向日葵の咲かない夏』を連想した(刊行順では本書の方が先)。『向日葵〜』は他の乙一作品とも共通項が多い気がするのだけれど…。

死にぞこないの青しにぞこないのあお   読了日:2007年07月25日