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失踪HOLIDAY (角川スニーカー文庫)

失踪HOLIDAY (角川スニーカー文庫)

14歳の冬休み、わたしはいなくなった…。大金持ちのひとり娘ナオはママハハとの大喧嘩のすえ、衝動的に家出! その失踪先は…となりの建物!! こっそりと家族の大騒ぎを監視していたナオだったが、事態は思わぬ方向に転がって…!? 心からやすらげる場所を求める果敢で無敵な女の子の物語。その他うまく生きられない「僕」とやさしい幽霊の切ない一瞬、「しあわせは子猫のかたち」を収録。きみが抱える痛みに、そっと触れます。


乙一さんは嘘つきである。乙一さんから見える風景と読者に見せる風景を少しだけ意図的に変えている。大事な事ほど言わないし、書かない。それはミステリに於いては「叙述トリック」と呼ばれるものだが、乙一作品のそれはミステリのそれと少し性格が違う。ミステリの場合は最初から最後まで100%、騙す為にある事実を隠していないといけないが、乙一さんの場合は99%は騙すつもりがない。ただ1%、ちょっとした事実を書かない。しかし、そのたった1%が全体の雰囲気を決める。その最適なタイミングを乙一さんは熟知している。なんとも心憎い。
嘘つきで憎たらしい乙一さんではあるが、きっと御本人は繊細なんだろうなと思わせる描写がまた憎めない、いや、好きになってしまう。「しあわせは子猫〜」の見えない幽霊との心の交流や、「失踪〜」のナオの心境の変化など、絶望の中に優しさを、強気な態度の中に弱さを描けている。設定の奇抜さに目を奪われがちだが、優しい嘘のつき方に本人の本質が見えるような気がする。好きだ。

  • 「しあわせは子猫のかたち」…死んだはずの前の住人の気配と、その気配に合わせて動く猫との奇妙な暮らし…。月曜日の深夜ラジオを愛聴する雪村さん、貴方は極少数の女性リスナー(笑) 亡くなられたのが実に惜しい…。優しい陽射しが溢れながらも実は残酷で悲しい物語。けれど最後には爽やかな風と陽射しがもう一度、主人公を包む。何気ない描写が伏線になっているミステリ的な面白さも◎。
  • 「失踪HOLIDAY」…表題作。あらすじ参照。オトナ的視点から考えると計画には穴があり過ぎでは?とか、「何かあるな」とか思いながらも、最終的にはトリックや伏線がなかなかしっかりとしていて騙されてしまったオトナ顔負けの作品。そして何よりもラスト。ここでも書かない事、描写の欠落がジンワリと温かい気持ちを運んでくれる。それは「こたつ」のような安心感と幸福感に溢れた温かさだ。所謂、ライトノベルレーベルから発売された本で、作中でナオが痛切に実感したもどかしさは読者層のターゲットである若い読者に、より共感されるはず。良作。
  • 「あとがき」…自ら上げたハードルを見事なフォームで飛び越えている良質なあとがき。私も好きです、乙一先生のあとがきやプロフィール紹介。また次回!

失踪HOLIDAYしっそうHOLIDAY   読了日:2007年06月02日