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パイロットフィッシュ (角川文庫)

パイロットフィッシュ (角川文庫)

人は、一度めぐり合った人と二度と別れることはできない…。午前二時、アダルト雑誌の編集部に勤める山崎のもとにかかってきた一本の電話。受話器の向こうから聞こえてきたのは、十九年ぶりに聞く由希子の声だった…。記憶の湖の底から浮かび上がる彼女との日々、世話になったバーのマスターやかつての上司だった編集長の沢井、同僚らの印象的な姿、言葉。現在と過去を交錯させながら、出会いと別れのせつなさと、人間が生み出す感情の永遠を、透明感あふれる文体で繊細に綴った、至高のロングセラー青春小説。吉川英治文学新人賞受賞作。


「人は、一度巡り合った人と二度と別れることは出来ない。なぜなら人間には記憶という能力があり、そして否が応にも記憶とともに現在を生きているからである」という文章から物語は始まる。そして、この文章が本書のテーマである。
大雑把に言えば「記憶」の物語。過去の自分に苦しむ友人や、19年前に別れた女性からの電話が主人公・山崎に記憶の湖の存在を思い出させる…。
本書が多くの人から支持される理由は、10代20代の山崎と由希子の姿、そして40代を迎えた彼らの立場に、それぞれ共感する人がいるからだと思われる。19年前の若き日の山崎を由希子が掬い(救い)上げた日から始まったつきあいは、恋愛小説としてとても素敵な場面を幾つも見せてくれるし、人との出会いと別れは痛みを伴う青春小説として胸が痛くなる。そして40代の彼らの姿は、現実社会の中で苦悩しながら生きてる彼らは、同時に自分自身の過去とも戦っている。どの場面が印象に残るかは、読む人の年齢や性別・経験によって違うのだろう。
多分、もっと年齢や経験を重ねればヒリヒリ痛くなる場面・文章が多いのだろうと予想される。ただ、今の時点でも共感する部分は多かった。特に、時間と記憶の話が好きで、「感性の記憶の集合」という言葉はとても深い言葉だ。
ただ、上記の感想と共に、熱帯魚の水槽のような人工的な世界だなぁとも思った。全ての調和が取れ過ぎている。出てくるエピソードが無駄なく効果的に使われていて、別れとか死の悲しみすらも観賞用の為なのかと疑ってしまう。そういえば山崎と由希子が出逢った日の別れ際、電車のホームでの出来事は穂村弘さんの恋愛の理想の出発点に酷似している。こんな箇所も作り物っぽいかも…。
また山崎の設定に男性のナルシシズムを感じた。不器用に見えて自然体、知識も豊富で思慮深く結局いつも正しい。きっと外見も頭も悪くないはず。本書のテーマのはずの時間や記憶の支配から彼だけ逃れているような気がしてならない。 ムラカミは数冊しか読んだ事がないけれど「っぽい」と思えば、っぽい。文章や小道具からも直接に連想したが、物語全体が訴える事や小説の雰囲気は好きだけれど、細部に亘ってまではどうか…、という見えない部分まで似ている。

パイロットフィッシュ   読了日:2007年03月29日