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恋愛の終わり、あるいは(ミステリの)始まり。たっくんLOVE。

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

イニシエーション・ラブ (文春文庫)

僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に落ちて…。甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説。…と思いきや、最後から2行目(絶対に先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。「必ず2回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。


恋が始まって、恋が終わる、それだけの物語。ミステリと銘打っているのに「日常の謎」よりも謎の要素は皆無の普通の日々。実は中盤以降、海藤との揉め事からいよいよ殺人事件が発生するんだ!と独り息巻いたのはここだけの秘密だよ(笑)

最終盤にきてようやく一つのカタストロフが訪れた。ただし恋愛の終局。「マユ」と「たっくん」の初めての恋は終わりを告げた。あんなに一緒だったのに、あの素晴らしい愛をもう一度。しかし一つの恋が終わる事で初めて本書はミステリとして成立する。作者は物語の退屈さも凡庸な展開も計算尽くだ。250ページの長い長い前振り。世界を支配しているのは作者と、あの人だけである。

私は本書を一種の恐怖小説として消化した(詳しくは↓の「ネタバレ感想」にて)。それは「日常の恐怖」。本書は恋の昂ぶりを喜びを、絶頂期を回顧して終わりの絶望を知る人ならより怖いだろう。上述の通り本書は殺人事件も、目に見える謎も発生しない。しかし見えないからこそ怖いのだ。今回のように神の視点を持たなければ絶対に見えてこない真実。誰一人傷付かない、読者だけが血の涙を流す、貴方にも起こりうる、貴方だけが知らないカラクリ。恋はいつか終わる…。

しかし長〜い前振りの割に、綺麗にオチているとは言い難い。ミステリ初心者や読書に散漫だった人は瞬時に分からない人もいるだろう。逆にミステリ上級者は勘付く人も多いだろうし、全てを理解した上でも驚かない人もいるだろう。

けれど、作者の術中にまんまと嵌まって二回目を読み、主人公たちの心情に改めて思いを馳せた時、様々な思いが一挙に去来した。名づけてスルメミステリ。味気無い物語も噛めば噛むほど味が出てくる。それはミステリとしての旨味と、恋愛小説の苦味。その苦さに思わず読者の目から涙が零れ落ちるとか…。

(ネタバレ感想:反転→)真相は初代・たっくん(鈴木・B・辰也)と二代目・たっくん(鈴木・A・夕樹)が別人という事実。しかしこの2人、別人どころか容姿はかなり似通っていると推測する。メガネを外させ、車に乗らせ、服装を整え、同じ物を与える。全てが揃って「たっくん」は「たっくん」足り得る。マユの恋人は「たっくん」だけなの!

女性の喫煙が男性にまだまだ受け入れられないのと同様に、浮気に関しても心理的には男女同権とはなっていない(80年代ならば特に)。喫煙も浮気も男性の習性という意識は強い。読者(特に男性)の多くは(無)意識的に純粋なマユ像を守ろうとする働きが、メイントリックの衝撃に大きく関わっている気がする。

私はマユがとても怖い。並行恋愛や虚偽申告が怖いのではない。読み取れる静かな「狂い」が怖い。「side-A」のAへの虚偽・黙秘はBへの、男性への復讐ではないか。マユにとってAはBの別離の寂しさを埋めるための存在ではない。Bの特徴をAに移項してA=Bを成立させる、それがマユの方程式。彼女にとってAはBの代替物でしかない。暴かれる真実はAの滑稽さ。それこそが本当の恐怖。

作中でAがマユに泡坂妻夫作品を何冊か薦めているが、実は『湖底のまつり』こそが本書には相応しい。これは作者も意図的に外したと思われる。

余談:1つだけ、A>>>Bと思われるモノがある。下ネタですよ…。(←)

イニシエーション・ラブ   読了日:2010年05月15日