《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

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国家からの逃走。国家との闘争。最後まで自分を貫き通そうとする意思の力。

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

衆人環視の中、首相が爆殺された。そして犯人は俺だと報道されている。なぜだ? 何が起こっているんだ? 俺はやっていない…。首相暗殺の濡れ衣をきせられ、巨大な陰謀に包囲された青年・青柳雅春。暴力も辞さぬ追手集団からの、孤独な必死の逃走。行く手に見え隠れする謎の人物達。運命の鍵を握る古い記憶の断片とビートルズのメロディ。スリル炸裂超弩級エンタテインメント巨編。


生きている、というのは情報の積み重ねだ。身長・血液型・DNAなど自分自身の事、そして好きな物・癖・ほくろの位置など相手の事。そうやって意識的に、または無意識的に蓄積された情報が自分自身の世界を創り、有形無形の情報の蓄積が人の、人間関係の、基礎となる。本書では外的情報を統制する者たちが世界一鋭い矛となりある人物を苛み、反対にその人物の内的情報を深く知る者たちが世界一硬い盾になりその人を擁護する。生真面目さだけが取り柄の無個性なその人物の名は青柳雅春。彼の人生はある日、突然に一変する。彼の内的情報は全く変わらないにもかかわらず、世間の眼・監視の目によって情報は無責任に、不条理に上塗りされ刷り込まれていく。本書は伊坂さんの情報の整理・蓄積・操作手法にただただ圧倒される一冊である。予め言い渡されるのは事件の結末、そして青柳雅春の死……。

副題は「A MEMORY」。首相の暗殺という大事件の進行と同時に回想されるのは主人公の記憶・思い出という情報だった。回想は本人も無意識の中で死を予感した彼の走馬灯のようにも思われた。そんな彼の窮地を助けるのはいつでも「青柳雅春」の人生の集合体であった(ただし、かつて旧友たちが彼を窮地に陥らせてしまうのも弱みや誤った「情報」を握られていたからである)。いつも彼の周囲には自分とは正反対の個性的な人々がいた。そんな彼らとの交流の中で得た情報が彼のたった一つの武器となる。追跡者も逃亡者も逮捕・対抗手段はどちらも情報である、という点に注目。
逃亡劇は伊坂作品の中では意外で異例の結末を迎えた。洒脱に伏線を回収していく手法で有名な伊坂さんの新境地開拓か。本書の真価は事件の顛末よりも第五部「事件から三ヶ月後」にある。青柳雅春という人物の人生の決着。中でも交わるようで交わらなかった2つの視点の交錯が本当に素晴らしい。ただし自分から別れを切り出した、現在・既婚で母の晴子さんの危険を顧みない献身的な行動はやや不自然。本書は賞レースは辞退したが、作家の大先生たちから指摘されそうな御都合主義もないはけではない(三浦の存在とか)。そして伊坂さんは余程楽しい大学生活を送ったのか、またも大学生活こそが人生で最も輝かしい時代というスタンスの描き方だった。
読了後に再び第三部「事件から二十年後」を読み返すと、本書の底知れない闇が窺い知れる。一人を殺す為に、一人を捕まえる為に、命を失った者の数…。つくづく怖いのは青柳雅春が偽犯人の第二候補からの繰り上げ当選である事。大きな力の前には人生はこんなにも簡単に狂わされるのか、と厭世的になった。
本書では監視社会に突入したこの世界観に強く惹かれ、そして強く恐れた。流されるまま青柳を苛む側に回る可能性は誰にでもあるのだ。作中の「キルオ」という絶対的な悪に対して反対の声なく設置された監視道具「セキュリティポッド」。殺人者という単純明快な悪を前に、市民は自分の情報の提供に同意した。人は利便性・安全性という絶対的な大義名分に疑問すら感じないのだ。そろそろ情報が脅威になる事を覚え、自分の頭で考えろ、考えろ魔王。
余談:会話文での文字数合わせだけは好きになれない。あれが洒脱なの?

ゴールデンスランバー   読了日:2009年12月31日